The evaluation of the relaxation effect and the environmental study effect of the natural conservation activity in secondary woodland
森林、鎮守の森や里山などの散策によるストレスの軽減、脳活動の沈静効果に注目があつまっている。このため、森林浴を健康回復・増進や癒しに役立てる活動が活発になり、最近、林野庁を中心として森林セラピー(療法)研究会が発足した。具体的な活動としては、健康な生活を保障する自然豊かな環境づくり、生活習慣病対策を要する健常者やハンディキャップ者を対象にした「森林療法メニュー」などが実施されている。しかし、森林浴効果の要因・メカニズムが詳しく解明されておらず、どのような環境・地形条件で森林浴の効果が大きくなるかは正確にはわかっていない(植物の種類、天候、におい、鳥や風の音、散策路の距離・高低差など)。一方、既存の森林を最適な森林環境へデザインする手法が注目されており、都市域の身近に残された緑地計画の保全・活用にどの程度まで応用できるのか検討されている。こうした観点に立ち、2005年度から大学院国内総合プロジェクトの場で森林浴のデザインを検討し始めた。プロジェクトの方針として、次の点を取り上げた。
- 神戸芸術工科大学内に残された二次林を活用した環境教育および環境保全プログラムを企画実施し、その環境教育および森林浴のリラクゼーション効果を測定する。
- 管理放棄された既存の森林環境を最適な森林環境へ誘導する手法およびそのプログラムの他地域への展開性を検討する。
現代のストレス社会において、森林浴がもたらす気持ち良さ・快適さが注目されている。特に森林の中で植物が発散している「フィトンチッド」という物質は、人体にも好影響を及ぼすことがわかってきた(脳活動の沈静、副交換神経活動の増加、肝臓の活動を高める酵素の活性化、香りによる清涼効果など)。このため、森林浴を健康回復・増進や癒しに役立てる活動が活発になり、里山における自然体験や森林療法メニューなどが実施されている。しかし、広大な都市林を有するヨーロッパ諸国に比べて、都市域の緑地面積が約1/10と少ない我国では、国土の大半を占める森林環境の有効活用が重要な課題となるが、林道や散策コースを中心とした線的な利用だけでは、その一部を使用しているに過ぎない。
また、中川*1も指摘するように、あらかじめ設定されたコースを歩く森林浴のスタイルがどちらかといえば受動的な森との関わりであるのに対して、林内における環境学習や里山林特有の植生回復に向けた管理放棄林の面的な保全管理は、より能動的な森との関わりといえる。
よって本研究では、これまで立ち入りが禁じられ、放置された森林における林内保全活動が有するリラクゼーション効果や、環境学習効果などの複合的な森林浴効果の評価を試みることとした。
最初に、本学の二次林を利用する林内活動プログラムを検討するに際して、二次林の現況調査を行った。
そもそも二次林とは、人間の影響をかなり受けた後に二次的に成立した森林を意味する。その成立は主に薪炭林の収穫のための伐採更新と、有機肥料を得るための落ち葉かきや下草刈りが歴史的に継続された結果といえる。このような山林が一般に“里山"と呼ばれるものであり、定期的な手入れと利用が里山が自然遷移によって自然林に戻ることを止め、二次林としての豊かで明るい林相(環境)を維持させてきた*2。
本学に残る二次林もかつての薪炭材であるコナラやクヌギなどの落葉広葉樹が高木層に優占しているものの、大学のキャンパスになってからの十数年間は人の手が入っていない状態にあった。
よって本学の二次林内でも常緑広葉樹の密生化によって林内は薄暗く、春植物や好陽性の落葉低木類の立ち枯れなどを生じさせていた。また林内に確認できたヤマツツジやコバノミツバツツジなどの自生ツツジ類は、樹冠の閉鎖に伴う林内照度不足により十分に着花できない状態のものも多くみられた。(写真2)
このような好陽性の花木類が花を咲かすことができず減少し、見通しがきかない暗い林分になりつつある現状を大学の環境教育や緑地保全プログラムの演習林として改善しつつ、参加する学生がリフレッシュできる森林浴空間のデザインを実践できないか検討することとした。
第1回目は森林観察プログラムとして2005年6月29日に実施した。二次林に入る前に気分などを測る心理テスト(POMS)*3を行い、さらに参加者の属性と森林のイメージを把握するために、アンケート調査を実施した。また、二次林内の好きな樹木・場所探しに役立てるために、自生している植物の同定(樹種の特定方法)と植生の観察方法のレクチャーを終えた後で地形図を携帯して二次林に入り、森林散策を約20分間行なった。そして、林内においてPOMSテストを再度行ない森林観察プログラム前後の気分・心境の変化を比較した。
第2回目は林床管理プログラムとして2005年7月13日に実施した。第1回目と同様にまずPOMSテストを行い、次にヨーロッパの都市林と日本の里山に関するレクチャーを行い、その後二次林に入って1)二次林の環境指標となる樹木プロットの調査と、2)二次林の景観アメニティの改善に向けた常緑低木の除伐作業を約20分間行なった。その後、POMSテストを再度行なって、除伐作業前後の気分・心境の変化を比較した。
図4の左側に、森林観察プログラム体験前後の8名の参加者が回答したT得点の平均値を図化した結果を示す。森林観察を体験した後は(黒丸の印)、緊張、疲労のスコアが統計的に有意に減少し、逆に活気のスコアが体験前(白丸)に比べて増加する傾向にあった。図4の右側には、林床管理プログラム体験前後の7名の参加者が回答したT得点の平均値を図化した結果を示す。林床管理(密生する常緑広葉樹の低木を除伐)を体験した後は(黒丸の印)、緊張、混乱のスコアが統計的に有意に減少し、逆に活気のスコアは体験前(白丸)に比べて統計的に有意に増加した。この結果から、森林観察、あるいは林床管理の体験によって心理的なストレスが減少することが示された。
全体的にみると両プログラム実施前は、活気が低くネガティブな感情が高い「逆氷山型」であるのに対し、プログラム体験後は良好な心理状態を示す「氷山型」へと変化していた。またプログラム別に比較すると森林観察では統計的に有意な改善がみられた項目が2項目(緊張-抑うつ、怒り-敵意が有意に低下)であるのに対し、林床管理の方では、3つの項目(緊張-不安、混乱が有意に低下し、活気が有意に上昇)において有意な改善が確認された。
また、2回にわたるプログラム終了時に行った参加者へのアンケート調査の結果からも森林観察のみ(A)よりも除伐作業を含む(B)の森林浴の効果がより高いと感じた参加者が多い傾向にあった。(図5)。
3-2 林内活動プログラムによる環境教育効果
プログラム終了後のアンケート調査の結果、本プログラムによる緑地環境への関心の高まりについて、以前より意識すると思う4名(66%)、それほど変わらない1名(17%)、その他1名(17%)という回答が得られた。また体験した森林保全管理に対する参加意欲についても、是非参加したい2名(33%)、参加してもよい4名(67%)、参加したくない0名(0%)という肯定的な回答が得られた。
さらに、プログラム参加前後の“好きな森林のイメージ"については、以前と異なる森林を好むようになった2名(33%)、それほど変わらない4名(67%)とのアンケート結果にも関わらず、本プログラムの実施前と終了後に告知なしで描画させた“好きな森林のイメージ"は、実際の林内にいるような表現や、より具体的な表現へと変化していた。
本報告における調査・分析によって、以下のことが明らかになった。
- 植生や、植生遷移等に関するレクチャーと組み合わせることで散策路がない管理放棄された小面積の二次林における林内保全作業であっても、結果的に心理的なリラクゼーション効果が得られる。
- 探索・散策よりも、密生化した常緑広葉性の低木類の除伐を含むより能動的な林床管理の方がリラクゼーション効果が高い。
以上から、放棄された林内における環境学習や保全作業には、自然環境に対する認識を高め、林内環境を改善するだけでなく、参加者の心理的なストレスを改善する効果があり、夏期の厳しい条件下でも複合的な森林浴効果が期待できると考察された。
特に小面積の管理放棄された林地であっても林内散策や林床管理プログラムによるリラクゼーション効果や環境学習効果が得られるとの結果は、都市域の中で断片化された小面積の緑地空間も環境教育や森林浴のフィールドとして、新しい活用が可能であることを示唆するものと考えられる。
今後の展望としては、季節や、参加者の属性を変えた同様のプログラムによる森林浴効果の検証を継続して行なう予定であり、さらに心理的な森林浴効果の測定に止まらず、ウォーキングテストにおける運動量や疲労度などの生理的な効果の測定を行うなどより包括的な評価・分析が望まれる。
以上の結果を基に人間工学・運動療法・地形療法の観点から最適な森林浴コースの計画に関する知見をまとめるとともに(勾配・距離・高低差など)、 森林浴環境における環境要素を抽出し、都市のような人工環境においてもより能動的に関われるような自然度の高い緑地環境(オープンスペース)のデザインについて具体的な提案を行っていきたい。
「研究協力者、大学院生」
野々村真輔 NONOMURA Shinsuke
小松準一郎 KOMATSU Junichiro
古川圭子 FURUKAWA Keiko
松芳優香 MATSUYOSHI Yuka
*1― | 中川重年【再生の雑木林から】、創森社、1996、p78-82 |
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*2― | 環境林整備検討委員会偏【環境林の整備と保全】、日本造林協会、1993、p68-70 |
*3― | POMS(Profile of Mood States)は、気分を評価する質問紙法の一つとしてMcNairらにより米国で開発され、対象者がおかれた条件により変化する一時的な気分、感情の状態を測定できる特徴を有している。 POMS日本語版の65項目版(正規版)は発行以来約10年間にわたり、臨床職場、学校などさまざまな方面で活用されている。一方、今回、使用したPOMS短縮版は、65項目版と同様の測定結果を提供しながらも、項目数を30項目と大幅に削減したことで、対象者の負担感を軽減し、リラクゼーション効果などの短時間で変化する介入前後の気分、感情の変化を測定に適しているものである。 またPOMS短縮版でも、大規模な集団における標準化が行われており、今回の被験者が回答した6つの気分尺度ごとの合計値である素得点は、それぞれ性年齢階級別の付表をもとに標準化得点(T得点=50+10×(素得点-平均値)/標準偏差」へと換算して平均値の図化ならびに統計処理による分析を行った。このT得点を算出すると気分のプロフィールを視覚的に表現することが可能となり、一般的に健康な被験者では上に尖った氷山型(iceberg profile)となり、抑うつ患者などでは逆に谷型のパターンを示す。 |