Efforts on introducing an expression method for “Utility" to design education
1-1 ユーザビリティについて
近年、操作インタフェースの学術研究・開発の分野で進歩を遂げているユーザ工学は、主に「ユーザビリティ」と「ユーティリティ」の二つの領域によって構成されている。その中で、機器やソフトウェアの操作性の向上を目的とするユーザビリティ工学は、ユーザビリティテストや評価検証の具体的な手法構築を中心に著しい成果を上げているが、それに比べ、モノやコトの役立ち方や楽しみ方の構想に取り組むユーティリティの研究は緒に就いたばかりだと言える。
50数年前、日本にインダストリアルデザインが根付いて以降、炊飯器や洗濯機、掃除機やアイロンといった家庭電化製品の製造には、家事労働の軽減という明らかな使命があった。それら家庭電化製品の普及により、家事という、長時間を要し肉体的にも辛い重労働から主婦が解放されていくことで、家庭にて家族が共有できる時間が増えていき、お茶の間での団らんという過ごし方が可能となっていった。そして、家事労働が軽減されていくに従い、徐々に得られるようになった余暇時間を楽しく心地良く過ごすための装置としてテレビやラジオ、ステレオやビデオといったAV機器が普及することとなった。これらの機器は、ニュースなどの情報の伝達装置として、或いは娯楽コンテンツを表示する装置として機能し、やはり家庭電化製品と同様に、生活のために必要な機器として多くのユーザーに受け入れられていく。
家事労働の軽減や余暇時間のための娯楽といった役立ち方により「必需品」と呼ばれるようになるこれらの機器は、その存在意義が初めから確立していたと言える。言い方を変えれば、当時のモノ作りは、もともと確立しているユーティリティを前提に取り組まれていたとも言えよう。そのため、さほど新たなユーティリティの開発を必要とはしておらず、デザインワークの課題もまた、外観の美しさやカッコよさ、或いは住宅のインテリアテイストとのマッチングなどが中心だった。かつてのインダストリアルデザインの格言であった「形態は機能に従う」は、確立しているユーティリティをベースに、そこからインスピレーションを得て造形美を導き出すこと、つまり機能美を追求することが最大のデザインテーマであったと解釈できる。
一方、AVC機器を中心に多くの家電製品が多機能化していき、機能が複雑化することに伴ってその操作も複雑化の一途を辿ることになり、1980年代の後半以降、操作の難解さが問題として認識されはじめた。その頃から機器の使い勝手の向上がモノ作りの課題として浮上し、ユーザビリティテストを通じた操作性の評価検証のための手法開発が急がれることとなった。そして、国際標準化機構(International Organization for Standardization 略称ISO)により1999年に制定された国際規格ISO13407(インタラクティブシステムにおける人間中心設計システム)が牽引車となり、いくつものメーカーや学術研究団体にてユーザビリティの向上を目的とする研究開発が取り組まれ、メーカー各社ではヒューマンセンタードデザインの意識の浸透と評価検証の設備(ユーザビリティテストルームなど)の設置が進むなど、ユーザビリティ工学は一気に進展することとなる。1985年に、当時ノースカロライナ州立大学のユニバーサルデザインセンター所長であったロナルド・メイス氏が提唱し発展していったユニバーサルデザインが、モノ作りのグランドコンセプトとして幅広く受け入れられていったことも、ユーザビリティ工学の発展を大きく後押しした。
日本のインダストリアルデザインの現場においても、80年代後半以降、デザインワークの中で機器の使い勝手の向上が意識され始め、90年代初め頃から徐々に「ユーザーインタフェース」がデザインテーマとして確立していく。より操作性の高いユーザーインタフェースをデザイン開発・制作するためにもユーザビリティ工学の導入は必須であり、メーカー各社は、デザイン部門の中に或いは近い位置にユーザビリティ評価検証の専門組織を立ち上げ、デザイン部門におけるユーザビリティの向上のための取組みもまた、急速に進むこととなる。
1-2 ユーティリティについて
ここまでに述べたようなユーザビリティ工学の進歩に対し、ユーティリティのデザイン開発・制作に関する取組みは、未だ、体系的にまとめられているとは言いがたい。その理由は定かではないが、一つの理由としては、ユーザビリティ工学は内容の数値化が可能であるのに対し、ユーティリティの評価は、あくまで製品化後のユーザーアンケートを待たねば数値化できないという点にあると考えられる。ユーザビリティ工学においては、特に、プロトコル解析がユーザビリティテストの評価検証手法として導入され確立したことは大きな成果だと言えよう。メーカー各社にとってユーザビリティ工学は、製品開発のプロセスにて、製品化前に製品の不具合(主に操作性についての)を具体的に検証ができて、具体的な対応策が打てることにメリットがある。それに対し、製品開発プロセスの初期の段階では新たなユーティリティの開発が取りざたされることが常ではあっても、それを最終の仕様に組み入れることは現状では難しい。
多くの必需品の世帯普及率が90%を超えている現在、買い替え需要に対応するのみのモノ作りでは、メーカーはジリ貧に陥るのみである。当然、新たな必需品の創出を目指して様々な技術開発が進められており、筐体やパーツの小型化や動作の高速化は開発目標値としても設定し易くその成果も数値としてはじき出せるので仕様に反映されやすいのだが、小型化だけでは、すでに所有している商品の買い替えを促進する決定的な要因には成り難い。やはり、新たなユーティリティを構想し新たな役立ち方あるいは楽しみ方を提案することが必要であり、その新しい役立ち方・楽しみ方が新たな生活価値を提供できなければ、新たな需要の喚起・拡大にはつながらない。新たな役立ち方・楽しみ方を機能としてプログラム化し、あるいはアプリケーションとしてパッケージし機器に搭載させることを目的に、ユーティリティの開発に取り組むことが必要なのは明らかである。
既に、インダストリアルデザインの現場においても、デザイナーの役割りとしてユーティリティを構想することが求められている。インダストリアルデザイナーの果たすべき職能は、突き詰めれば、それは「生活価値の提案」であり50年前と変わらないはずだが、モノ作りの対象が必需品の製造だった頃にデザイナーが求められていた役割りは、例えば、外観形状や表面処理の多様な展開を通じて「技術的に最先端であること」や「製品の品位を高く見せること」や「多様な趣味・嗜好に対応していること」など、生活環境やライフスタイルとのマッチングを図ることで生活価値の提案につなげることに比重が置かれていたと言えよう。
それが時代の変遷(必需品の普及と、新たな役立ち方・楽しみ方の創出が課題となったこと)を経て、デザイナーの役割りにもユーティリティの構想が求められている。これからのインダストリアルデザイナーには、機器・ソフトウェア・サービスなどの存在意義を構想することに取り組むといった役割りも与えられることになる。
では、デザイン職能にとっては、ユーティリティの構想と提案に必要なスキルとは一体何なのか?
本報告の代表者によるこれまでのデザイン業務経験上、それは大きく二つに分けられる。新たなユーティリティのアイデアを、「どのように発想するか」と「どのように表現するか」である。ただし、どのように発想するかについては、平行して行う調査の内容やターゲットユーザーの性質によって、また特に要素技術や製品化のための開発技術の内容やその進度によって、そして何よりAVCか家庭電化かといった製品分野の違いなど、様々な条件によって発想の手法も様々に異なり一様にはまとめられない。アイデア展開は多様なバリエーションを必要とする作業であり、そのためには発想の手法もまた多様であるべきとも考えられるので、今回の研究では「表現」について、その手法の明確化とデザイン教育への応用について取り組むこととする。