私たちは、第三回ユニバーサルデザイン全国大会「ようこそUD広場へ」の参加に向け、様々なデザイン&アート活動を行うプロジェクトチームを設立したいと考えた。一般的にはユニバーサルデザインは障害者や高齢者のためのデザインというふうに捉えられがちである。しかし何が本当のユニバーサルデザインなのか、誰のための、何のためのデザインが必要なのかを考えなければ、ユニバーサルデザインという言葉だけが独り歩きをしてしまいかねない。ユニバーサルデザインという言葉がもつ限定的でネガティブなイメージを払拭するため、まずは学生たちとユニバーサルのイメージキーワードについて考えることから始めた。
もし明日自分が交通事故にあって体に障害を持ったら、私は障害者用のデザインに囲まれて暮らしたいと考えるだろうか。今まで通りの家に住み、家族と同じ生活を営み、好きな音楽を聴き、好きな洋服を着たいと思うのではなかろうか。障害者や高齢者も自分の快適な暮らしを継続したいと思うは当然のことである。
そして、考えられたキーワードは「even(イーブン)」。イーブンとは「平らな」とか、「対等の」という意味である。国籍や性別や年齢や性格、人はそれぞれ違いのある生きものである。そしてそれらの違いは違うことが当たり前で、それはひとつの個性と考えるべきである。違うことは特別なことではなく、言い換えればみんな一緒=evenなのである。イーブンというキーワードを通してユニバーサルデザインを考えることで、より広い視野でユニバーサルデザインの提案ができると考えた。私たちは「even art project(イーブン・アート・プロジェクト)」をチーム名と決定し、活動を始めた。
メンバーは、神戸芸術工科大学ファッションデザイン学科の3~4年生有志が中心となり、1~2年生や他大学の学生なども加わり、総勢50名を超える大きなプロジェクトチームとなった。このような大人数が限られた期間内で効率的に活動するためには、動きやすく小回りのきく組織体系が必要である。そこで私たちは企画ごとに高学年(3~4年生)と低学年(1~2年生)が混在する5名前後のグループを作り、グループ単位での行動を中心に活動を進めた。この手法は、縦横の交流はもとより、専門的な技術スキルを互いに教え合うという教育的側面からも大きな効果が得られたと考える。また、チームをまとめるリーダー的役割の学生を選出し、教職員はリーダーを中心に学生達の自主性をサポートするような体制を心掛けた。(図1)。
3-1 【事例1】 第三回ユニバーサルデザイン全国大会「ようこそUD広場へ」への参加
「第三回ユニバーサルデザイン全国大会」の中で、本校は、ファッションショーとショップおよびワークショップの提案を行った。
3-1-1 企画のプロセス
全体計画は、3年生企画デザイン専攻の学生を中心に2005年4月から話し合いを重ねた。イーブン・アート・プロジェクトという名前もこの話し合いの場から生まれ、テーマやコンセプト、具体的内容についても順次話し合いが進められた。2005年5月には財団法人たんぽぽの家(奈良県)、6月には社会福祉法人丹南精明園(兵庫県)、兵庫県立総合リハビリテーションセンターなど、エイブルアート*1 やユニバーサルデザインの実践を試みる施設を訪問した。学生達は、専門家ではない人たちのデザインに触れることにより、新たなデザインとの出会いやアプローチ法を発見した。6月、7月には神戸市が主催するUD広場会議にも学生自らが出席し、さまざまな立場の人へ、イーブン・アート・プロジェクトの企画プレゼンテーションを行い、本校の役割を再確認した。7月、8月には集中して制作活動に励み、8月には夏季休暇にも関わらず、ショーのリハーサルや最終の打ち合わせ会議を行い本番に挑んだ。(図2)
3-1-2 ロゴ、ビジュアルディレクション
イーブン・アート・プロジェクトの活動をより多くの人に理解してもらうため、ポスターやチラシ、カードなどの広報用印刷物は重要なツールのひとつであると考える。イーブン・アート・プロジェクトのロゴマークは学生からデザインを募り、賛否の結果、図3に決定した。ブレインストーミングの段階で「円」「無限大」「つながり」といったキーワードがあげられた。これらはイーブン・アート・プロジェクトの理念と同じく、様々な違いを乗り越え、多くの人々がコミュニケーションを通じお互いの関係を築いていくという意味を込めたものである。ロゴマークは無限大のかたちにも見え、左右のキャラクター同士が手をつないでいるようにも見える。また、キャラクター同士が触れ合ってスキンシップをとっているようにも見える。ロゴタイプはキャラクターとの調和と読みやすさを考えしっかりとしたゴシックフォントを使用、テーマカラー及びロゴカラーは緑色を使用した。ロゴタイプのフォントやテーマカラーの緑は一般的によく使用されるありきたりなデザインのように思われるかもしれないが、一般の人々にとっては安心できる心地よいデザインである。実際にこのロゴマークのTシャツやピンバッジなどは小さな子供から若者、成人、高齢者の人々に人気があり、好評をいただいた。
イーブン・アート・プロジェクトにおけるビジュアルディレクションで最も重要なことは、特異性よりもわかりやすさ、親しみやすさである(写真1)(写真2)( 写真3)( 写真4)。デザインを専門としていない一般の多くの人々は、デザインには「心地よさ」や「優しさ」、「安心感」といったものを求める傾向にある。目立った個性や強烈なインパクトを与えることが必ずしも良いとは限らず、対象となる人や目的に応じたデザイン提案が必要である。またディスプレイについても同様で、安心出来るわかりやすいディスプレイが今回の基本スタイルであった。しかし今回のような大規模なプロジェクトで広い会場を使用する場合、どうしてもメインビジュアルの大きさと各ブースの細かなビジュアルの大きさとの整合性がとれなくなってしまう。DMやカード、値札などの細々としたPOPのディレクションには注意が必要である。イーブン・アート・プロジェクトにおいて共通して求められることは心地よいデザイン、心地よい見せ方である。心地よく、優しく、伝わりやすいビジュアルディレクションという前提の上、どれだけ団体としての個性を打ち出し洗練されたデザインにしていくかが今後も重要な課題である。
3-1-3 ファッションショーについて
ショー冒頭部分では、視覚障害者のダンスチーム「エスカルゴ」によるボールルームダンスが行われた。
エスカルゴプロジェクトは、練習風景の見学、採寸、仮縫い、縫製を行い、オーダーメイドによる衣装制作を行った(写真5)。
ファッションショー担当の学生デザイナーたちは、産前産後もサイズ調整できるマタニティーウェア(写真6)や、ストレッチ素材で動きやすく持ち運びやすい服(写真7)、ポケットが多用途に使える服(写真8)など、身近な視点から新たなユニバーサルファッションを多数、提案した。また、障害のある人にボタンやアップリケを刺繍してもらったり、生地に直接絵を描いてもらったりし、それらを素材にした衣服デザインも提案した(写真9)(写真10)(写真11)。モデルは10代~20代の一般的なモデルだけでなく、子供や若者や高齢者、外国人、健常者だけでなく妊婦や障害のある人、車椅子利用者など、出来る限り異なる個性を持った様々な人にモデルとして出演、協力いただいた。ショーの演出の工夫としては、音楽とともに作品説明のナレーションと手話通訳がつけられた。これは視覚障害、聴覚障害の人に配慮した演出で、どんなファッションショーが行われ、どのようなデザインの服が紹介されているのかを詳しくわかりやすく同時通訳するためであった。ショーの最後にはReal Me!(着ても見ても楽しいTシャツ)を着た約100名のモデルがステージ上に並び、迫力のある演出で明るくショーが締めくくられた(写真12)(写真13)。
3-1-4 ショップについて
ショップでは、11のショップとカフェの合計12企画が展開された(写真14)。児童館の子供たちが描いた絵をモチーフにした鞄やインテリア雑貨を展示した「+C」(写真15)(写真16)。障害のある子供が書いた絵をモチーフにしたニット帽やクッションなどを販売した「YOO」(写真17)。縫製に工夫を施し敏感肌の人も着やすくしたホームウェアや靴下などの提案(写真18)。ペットの犬君のおしゃれグッズの提案(写真19)。廃材の革を材料に財布や携帯ストラップなどを作るワークショップの開催(写真20)。100人の顔が並ぶ「Real Me! Tシャツ」は、そのTシャツを見た人に笑顔が表れるように、そしてそのTシャツを着た人とその周りにコミュニケーションが生まれるように、という願いをこめて作られた(写真21)。またカフェでは手作りのシフォンケーキやソフトドリンクを販売し、会場内の憩いのスペースの提供が実現できた(写真22)。
3-1-5 学生・周囲の反応
参加学生の反応は、プロジェクト前後でデザインに対する考え方が大きく変化した。本プロジェクトでは、イーブン・アート・プロジェクトのコンセプトを基に、他学生や外部関係者とのグループワークで進めた。
当初彼らはユニバーサルデザインを意識するあまり、作品に何かしらの意味や限定を付加する必要性を強く感じていた。また各自でのデザイン活動が多かったことから、チームの意見をまとめてデザインにつなげることが困難で、悩み苦しんだ学生も多かった。しかし、ミーティングや制作の過程、現場での作業などのコミュニケーションを通して、彼らは自分達なりのユニバーサルデザインの意味をそれぞれに見つけ出せたのではなかろうか。「楽しい」、「やさしい」、「笑える」、「肌触りがよい」、「廃材を活用する」、「サイズが調整できる」、「子供や障害のある人とのコラボレーションから生まれるデザイン」などのキーワードがあがり、デザイン展開につながった。発信する側と受け取る側の互いが心地よい関係を築くこともユニバーサルデザインのひとつのあり方であると感じたようである。ある学生は「ユニバーサルデザインがいつか当たり前になって、それを意識しないで提案できるようになれば、それが一番ユニバーサルデザインなのではないか」と感想を述べた。
参加学生へのアンケート結果(図4)では、ほとんどの学生が、ショーもショップもよかった、イーブン・アート・プロジェクトの考え方を理解できた、今後も本プロジェクトに参加したいとの意見があげられた。
また、本活動については新聞などでも大きく報道され、学生が発信するユニバーサルデザインとして地域や社会からも大きな注目を集めた(写真23)(写真24)。ユニバーサルデザインという言葉は今日では一般市民でもよく耳にする言葉のひとつであるが、実際にはどれだけの人がユニバーサルデザインについて認識しているかは疑問である。このような活動がマスコミを通じて広く紹介されることで、少しでも市民の意識向上に貢献できればと考える。今後も持続させていきたいプロジェクトである。
3-2 【事例2】 「CANNOW2006」への参加
第三回ユニバーサルデザイン全国大会「ようこそUD広場へ」の参加を通してたくさんの方から様々な反応をいただき、その中の一つの団体である青少年育成文化芸術団体「ぷちぱんそー」と新たな取り組みを行うことになった。
本団体の代表・橘裕子氏は約30年にわたり独自の手法を用いた絵画教室を運営され、障害のある子供のアート教育に深く関わってこられ、高い実績評価をもたれる。ぷちぱんそーとは「ぷち=小さな」「ぱんそー(ぺんしる)=筆」を意味し、子供達が通う絵画教室の名前である。橘氏はイーブン・アート・プロジェクトが行った企画のひとつに興味を示され、是非一緒に取り組みたいと考えられ、「CANNOW2006」へ参加するチャンスを与えてくださったのである。
橘氏からの依頼はエイブルアートのブランド展開、商品化であった。ぷちぱんそーでは既に障害児や父兄の方々が子供たちの絵を使ったポストカードやカレンダーの販売を試みていた。しかしデザインの専門的な知識や技術がないため、単に絵を写しとることしか出来ず、商品におもしろみがなくなることもあった。橘氏はエイブルアートの豊かな感性とデザインを学ぶ若い学生の感性を掛け合わせることで生まれる新たなデザインの広がりを期待されていた。
2006年3月30日~4月2日、兵庫県立美術館分館・原田の森ギャラリーで「CANNOW2006」という展示会が開催された(写真25)(写真26)(写真27)(写真28)(写真29)(写真30)。テーマは“こどもがつくる人・まち・こころ"。アートで子供を育むという理念のもと、子供と大学・企業・行政をつなぎ、社会の中で子供が育むしかけをつくることを目指した展示会である。
本校は、この展示会に向けて「「みっくすさいだー」というプロジェクトを設立し参加を試みた。
3-2-1 企画のプロセス
このプロジェクトは、イーブン・アート・プロジェクトメンバーの中からファッションデザイン学科1年生の11名が中心になって活動を行った。みっくさいだーの由来は、エイブルアートを通じ、イーブン・アート・プロジェクトと社会常識の枠にはまらない独自の思想の持ち主という意味のoutsider(アウトサイダー)をmix(ミックス=混ぜ合わせる)させた造語である。
本プロジェクトでは、障害のある子供が描いた絵をテキスタイルデザインへ展開させ、その生地を使い鞄やクッションなどの商品展開を企画提案することを目的とした。今回のプロジェクトでは、学生たちと同年代の19歳の男の子が描いた絵をモチーフに制作が行なわれた(図5)。彼は動物の絵を描くことが大好きで、1日に驚くほどたくさんの動物の絵を描く。彼の作品は見ているこちらもワクワク、ドキドキするような楽しい雰囲気が特徴である。デザインの過程においては、原作者の個性を熟知している指導者との綿密な連携を重視し、作品の個性を失わないこと、広い世代に受け入れられ、且つ、若い世代から着目されるような活発で明るいデザインであることを意識して制作された。
具体的にはモチーフとなる絵を約50種類選び、それぞれをスキャニングし、コンピューター上でレイアウトデザインを行った。原画は全て線画であったが新たに塗りの要素を加えることで、明るくいきいきとしたデザインに仕上がった。そうして出来た原画をシルクスクリーンプリント技法によってハンドプリントし、約114cm×280cmのタペストリーを制作した。そしてこの生地を使ったクッションカバー、鞄、ポーチなどのサンプル商品を制作した(写真31)。
また原画を生地に書き写し、別布と縫い合わせ中に綿を入れたぬいぐるみも制作した。こちらは原画の素朴なイメージをそのままに、別布や異素材を組み合わせることで新たな表情を持つ作品に仕上がった。別布の選択や色の組み合わせ、ステッチなどの高度なテクニックが使われており、大人も楽しめるぬいぐるみが完成した(写真32)。
3-2-2 展示
展示は4m×4mのコの字型展示ブースで行った。イーブン・アート・プロジェクトの活動紹介(ボード展示)とみっくすさいだーの制作プロセスの紹介(ボード展示)、今回制作した作品の展示がそれぞれ行われた。壁面とブース看板をパステルカラー色画用紙で飾り付け、ディスプレイイメージはサイダーの泡。子供達がたくさん参加する展示会だったので、明るく楽しいイメージをブース全体で表現した(写真33)(写真34)(写真35)(写真36)(写真37)(写真38)(写真39)(写真40)(写真41)。
3-2-3 学生・周囲の反応
学生たちは、障害のある子供が描いた絵に対して非常に関心を持つと同時に、単純に「かわいい」「おもしろい」という感想をも持っており、これこそがまさにイーブン・アート・プロジェクトの理念におけるイーブンな関係であると感じた。この感覚を持って楽しみを感じながら制作に取り組むことが、作品そのものの特異性や個性をデザインに生かしていくことにつながったと考える。今回の制作において、学生たちと原作者との間には一部分において非常に近い感性が存在したのではなかろうか。これはエイブルアートをモチーフとする場合の非常に重要な部分であると感じた。そして原画を提供してくれた本人はもちろん、ご家族やお友達も作品の出来上がりをとても喜んでくれ、私達にも多くの喜びが波及した。この側面においても私達の関係がまさしくイーブンであり、共に刺激しあえるよい関係が生まれたと思う。単なるもののデザインだけではなく、デザインがもたらす感動や人とのつながりについて、多くを学ぶことができたと考える。
エイブルアートのブランド展開、商品化は、外部デザイナーやプロデューサーがうまく彼らをサポートすることで、アート性の高い付加価値のつく作品を生み出すことが可能になる。それらの作品を流通させていくことで、原作者の感性を広く社会に対して発表できる良い機会になり、またエイブルアートに対しての理解を深める良いきっかけとなる。商品流通における利益は原作者へのロイヤリティーを生み、彼らの自立支援にもつながり、チャリティやボランティアではない、本当の意味でのイーブンな取り組みが継続できると考えられる。このような活動は今後ますます発展する可能性を持ち、私達も継続して取り組んでいきたいと考えている。
3-2-4 今後の展開
今回の取り組みは、エイブルアートのブランド展開、商品化の提案であり、ビジネスモデルの確立に向けた予行練習的な活動であった。エイブルアートをモチーフとしたテキスタイルデザインの提案、またそれを用いた衣類、鞄、雑貨などの商品提案のひとつのモデルケースとなることを目指した。展示会後、作品に多くの反響をいただき、販売ルートに関しての具体的な提案もいただいた。そのひとつとしてフェアトレード(途上国から適正価格で買い取る)の輸入生地を使用し、エイブルアートの新しいデザインをプリントするプロジェクトを2006年度中には行う予定である。フェアトレードとの取り組みはエイブルアートデザインにさらに商品付加価値をつける事例になるであろう。
また、ぷちぱんそーでは展示販売の計画もあり、イーブン・アート・プロジェクトの発展がますます期待される。制作の効率化や量産を考えればデジタルプリントなどの手法も考えられるが、一般的には色の再現性や生地が限られるなどのデメリットもあり、経験の蓄積が必要であると考える。他にも、原画作者や制作者へのロイヤリティ、制作や広報活動における諸経費の確保、「イーブン・アート・プロジェクト」や「みっくすさいだー」をブランドとして位置づけるためのソフト面、ハード面での維持管理の工夫が必要である。今後の活動を発展的に進める為にも、環境や人材の確保、ノウハウの伝達など、そのシステムづくりが大きな課題となる。