現地調査終了後、収集したデータをもとに分析・考察を行った。小祠の分析にあたっては、王家大院の概説書をはじめ、吉祥文様の解説図録および祭神である民間諸神に関する解説書を参考文献にしつつ*1、4つの視点(1:分布・配置の特徴、2:建築としての特徴、3:祭神にみられる信仰の性格、4:吉祥文様にからみる小祠の性格)から考察した。以下にその概要を記す。
4-1 小祠の分布と配置(図1)
王家大院の小祠は、高家崖は5箇所5件、紅門堡は24箇所26件、合計29箇所31件存在することが判明した。分布状況をみると、小祠が存在する各院落では、1院落あたり1~3件の小祠が設けられている。また、小祠が設けられる場所は、路地のアイストップにあたる場所(土地神)か、または門などの入口脇(門神)となっている。これらは配置から考えて、純粋に信仰対象であるだけでなく、夜間は灯火により街灯の役割を担ったと考えられる。
4-2 建築形態について(表1)
建築形態としては、司馬院の小祠hi(写真2)のように壁面に窪みだけを穿つような簡単なものから、柱間3間・重層のものまで様々なバリエーションが存在する。門などの入口脇に配置される門神は、壁面に埋め込まれる関係上、大半は間口が柱間一間分で窪みに単層屋根が付されるのみの簡単な建築で済まされている。一方、路地のアイストップに配される土地神も、壁面に半ば埋め込まれた形で設置される点は共通するが、間口が柱間三間に及ぶものも(確実に土地神と判断できる)12件中、半数の6件にのぼり、また重層建築になる3件もすべて土地神である。また、間口柱間三間の小祠すべてと一間の小祠の約半数には、左右に控壁が付属している。
また、高家崖の凝瑞居、敦厚宅、紅門堡の松竹院、緑門院など、有力者が居住した主要・重要な院落に付属して、建築的に凝った小祠が設けられる傾向があるようである(g4(写真3~5),hm(写真6~9),hn、及び台座のみが残るg2とg3など)。
4-3 祭神について
一番多かったのは、中国の民間信仰に登場する土着神である土地神で、明確に「土地神」などと刻まれて(または記されて)いたものだけで12件、配置から土地神と推定できたものを加えると、全部で20件存在した。土地神は道教で一地方を管領する神とされており、近隣の道教寺院である資寿寺にも土地堂と称する建築に祀られている。
次いで多くみられたのが、門神である。確実に門神と判明したのは、武門神像のレリーフが納められた静思齋の2件(hc,hd(写真10,11))と、司馬院にある3連の小祠hiの1件の計4件であるが、このほか入口脇の片側または両側に配置されていることから門神だと推定できるものを加えると、全部で10件にのぼった。門神は、土地神と同様に中国の民間信仰に基づくもので、魔除けや守護神の役割を担っている。
本来土地神と門神は異なる信仰対象と考えられるが、実際には東囲院の小祠g1(写真12)のように、門脇にありながら土地神とされているものも例外的に存在するところをみると、両者の区別は必ずしも明確ではないと思われる。
このほか、珍しいところでは司馬院の3連の小祠hiの1件には狐仙が祀られている。また、紅門堡の中央を南北に縦断する卵石主道の北詰突き当りには、日本でも沖縄・九州地方にしばしば見られる石敢当が存在する(hv)。
4-4 吉祥紋様の分析
王家大院の小祠は、その大半が何らかの吉祥紋様で飾られており、住人の願いが寓意として込められている。撮影した写真を元にその分析を行ったものが、(表2)である。以下に分析結果の要点を記す。
- 吉祥紋様彫刻が用いられるのは土地神の小祠に限られるようで、門神であることが明らかな小祠にはそれが見られない。
- 寓意性の豊かな彫刻が施される部位は、a)入口上部の装飾、b)控壁、c)台座中央部、に集中している。
- 採用される吉祥図案は小祠ごとに異なるが、「福寿三多」などの一般的な福を表すもの、「事事如意」「吉慶如意」など願い事が思い通りに運ぶことを願ったもの、「松鶴延年」などの長寿を願ったもの、「鶴鹿同春」「竹梅双喜」など春の訪れを喜ぶもの、「獅子滾綉球」など子孫繁栄を願うものが多い。
- 禄に対応する吉祥紋様がほとんど見られないなかで、凝瑞居においては例外的に出世(=禄)を願う「鯉魚跳龍門」がみられる(g4(写真4))。これは凝瑞居の住人が、子弟の教育環境整備に意を注いだことと関係がありそうである。すなわち、凝瑞居に付属する養正書塾(子弟の教育施設)入口の門框には、王家大院を代表する極めて芸術性の高い彫刻が施されており、教育への高い意識が窺えるが、こうした意識が小祠の彫刻にも反映していると推察できる。