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3 ハナシとカタチ

 「経済的な心配をしなくて良いから、一週間後にグリーンランドに行きなさい」と言われれば、よほどのことがない限り、私は断らないだろう。世界地図でもだいぶ上の方だから、北極圏ということだろうか。寒いはずだ。でも、どのくらい?直行便はあるの?そもそも国家?言葉は?通貨は?なんとなく治安や病気は大丈夫そうな気がするが本当だろうか?次々と疑問が沸き起こり、それを具体的に解決しなくてはならない。何しろ、これは日常を離れる事件だからだ。人それぞれ準備のプロセスも異なるだろう。寒さに弱い人もいるし、撮影機材の準備が第一の人もいる。
 この例のように、非常にはっきりした目的が差し迫っている場合、人の行動は積極的、具体的になるはずだ。アニメーションを制作しようとしたときに付きまとうハナシを作る作業に、これと同様のプロセスを組み込むことで、この難しい作業に何とか対応できるようになってきたという実感がある。旅行の例の場合、主体とゴールが明確だ。「私がグリーンランドに行く」これだけで、どうしても実行しなくてはいけないいくつかのプロセスが決定する。最後に残るのは「私が、その時間をいかに過ごすか」という旅の本質であり、それは人それぞれの価値観に基づくものである。ハナシの中で主人公は、日常を失う(それは大きな出来事でなくてもかまわない。要するに主人公を困らせればよいのだ)そうでないと主人公はこれといった行動をしないのでお話にならないからだ。次に、日常を失った主人公は日常を取り戻そうと努力をする。ドラマとしては、そのプロセスで成長することが望ましい。そして成果をあげた主人公は日常を取り戻す。この流れは、大きな意味で旅に似ている。だとすれば、主体となるキャラクター(3DCGアニメーションの場合は、生き物とすら限らない)を決定し、それをどこに向かわせたいかを決定すれば、ハナシの中でしなくてはいけないことが決定してしまうはずだ。結末は、成すか成さないか。作者がせいぜい2つか3つのうちから選択するに過ぎない。決められないなら可能性の数だけハナシをつくればいい。そして、最後に本質が残る。如何に生きるべきか?という哲学が問われる。本当の意味でアイディアが問われるのはこの部分である。大抵はここで行き詰る。鉄則は、力づくで解決させないこと。そして、主体であるキャラクターを詳細に検討することである。方向性を決定した上で主体を具体的にイメージしながら一つ一つ検証し直すと、必ずといっていいほど、それまでは思いもつかなかった発想を拾うことができる。これは、毎年の卒業制作のアニメーション企画に関わるうちに発見した方法であり、実証してきたことである。ただし、短編作品となると更に条件が加わる。私が関わっている作品形態は、個人かあるいは少人数での制作を前提にした短編アニメーションである。個人だから短編作品しかできないという消極的な言い方もできるが、より積極的に短編であるからこそできる表現を追及したいと思っている。90分を超えるような長編作品が小説だとすると、10分足らずの短編作品は詩や俳句などといった表現に近い。商業映画では、人気俳優が様々な役をこなす。にも関わらず観客が「あの人は確か未来から送り込まれた殺人ロボットのはず」などと混乱することが無いのは、役柄を十分に説明するだけの時間があるからである。ところが、短編にはそんな時間はない。そこで、象徴的な特徴を持つキャラクターか(キャラクターが一般的であれば)象徴的な情景を持ち出すことになる。多少、意味がわからなくても鑑賞者の関心をさっと掴み、早く集中させる必要がある。オリジナルキャラクターであれば、そのデザインに動機となる欠落を組み込むことで、非常に印象的な表現を展開することが可能だ。つまり、キャラクターのカタチにハナシを組み込むのである。図8は、その試みの一端である。HANUMEは、知恵を持つが植物の化身であるがゆえに移動の自由がなく。Quonはその逆の存在。知恵はないが空間的な自由を有している。


図8 HANUMEとQuon 初期のデザイン画。HANUMEが立ち往生した際、言葉を理解させるためにQuonに知恵の実を授ける。 これに味を占めたQuonは、HANUMEの果実をすべて奪おうとする。

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図8
HANUMEとQuon
初期のデザイン画。HANUMEが立ち往生した際、言葉を理解させるためにQuonに知恵の実を授ける。 これに味を占めたQuonは、HANUMEの果実をすべて奪おうとする。


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