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3.調査対象大学の視察

 本研究では本学と同様のデザイン系学部を設置している前出4大学における地場産業との共同研究及び連携事例の調査を行った。本学及び調査対象の大学は、地元産業界からの要請により設立された経緯がある。したがって、それぞれの大学において、地元行政を中心に地場産業との連携は非常に活発であり、様々な連携が展開されていることが分かった。以下に前出の4大学及び地場産業の報告を整理した。

3-1 北海道東海大学 

3-1-1 背景

北海道東海大学は、旭川キャンパス、札幌キャンパスを擁する組織であったが、現在は東海大学に統合されている。その中で旭川キャンパスは、くらしデザイン学科、建築・環境デザイン学科の2学科を持ち、芸術工学部が設置されている。旭川市は、地場産業の家具木工製品の産地として、木工クラフトの盛んな街でもある。また、先住民として生活していたアイヌ民族のクラフトの活動も長い歴史がある。

今回は東海大学芸術工学部小川博教授を訪問し、聞き取り調査を行った。一番印象に残ったのは産官学3者の中で行政の積極的な働きが最も大きく、特に後述の2組織は、地場産業の技術指導とデザイン活動の育成に直接関わっており、また、要請により大学も行政と共に活動を行う体制になっていることである。

3-1-2 旭川市工芸センター

同センターの発行するパンフレットによると、旭川市工芸センターは、市の主要地場産業である木製品(家具、建具、小木工品)並びに窯業関係業界の発展のため、技術・販売の両面より業界支援を行う市立の試験研究機関であり、商品開発、技術指導、研修会、講習会を通して、業界の振興に努めるとある。この組織は古く終戦直後から産業指導所として発足、木工芸指導所、そして同センターへと発展し、デザインの重要性が大きくなった。その中で大学の参加、協力が求められている。最近の活動に、旭川木工製造業に対する、インターンシップ制度を企画して学生募集を行い、雇用促進を図っている。一つの産官学のあり方として旭川における地場産業の特徴は、極めて技術力重視であり、歴史的に技能オリンピックの優勝者や入賞者を毎年多数輩出する実績を持つ。今後このような技術者の人材確保及び育成は、産地における大学の使命でもある。したがって、学生の進路につながる産地への人的な連携は重要な課題である。(図3-1)(図3-2)

図3-1 旭川工芸センター 試験分析装置

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図3-1 旭川工芸センター 試験分析装置

図3-2 旭川工芸センター 開発製品展示場

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図3-2 旭川工芸センター 開発製品展示場


3-1-3 株式会社旭川産業高度化センター

同センターは、旭川市の第3セクターとして、前項に次ぐ産官学共同作業の拠点施設である。同センター設立の目的は、地域産業の高度化を図るための中核的な支援機関とすることである。すなわち、産地における新事業の創設、産地企業のニーズ・シーズの掘り起こしなど、「産官学」の連携を図りながら、様々な支援活動を行っている。また、同センターは大学、高専、国、道と強力なネットワークを組むことにより地域産業の高度化を図るとしている。以下に活動内容を述べる。1-施設、設備の賃貸では、企業、団体等が借りるインキュベートルームの提供。会議室、研究室の貸与。2-相談、コーディネート活動では、地域産業コーディネート作業。企業の早期再生支援。中小企業診断士の経営相談。3-もの作り支援として、新製品開発に伴うアドバイザー活動。新製品、新技術開発プランの補助金支援。4-人材の育成では、セミナー、研修会の開催。SOHO事業の支援。5-産官学連携活動では、各種研究補充事業へのチャレンジ。プロジェクト事業化開発支援。6-異業種交流の促進である。

3-1-4 東海大学芸術工学部(旭川キャンパス)の現状

東海大学の組織統合に伴い、旭川キャンパスの受託研究の受け入れ組織も統合された。同大学の受託研究の主流は医学、薬学や先端科学の分野である。すなわち、デザイン分野は、少数の実用新案や特許に関する依頼となっている。しかし、旭川キャンパスでは、統合前からデザインに関する製品開発、デザイン指導等の受託研究をそれぞれの研究室及び共同研究の体制でそれらを受け入れた実績がある。したがって、今後同キャンパスにおけるデザイン分野の受託研究も統合の方向で一元化され、全学的な研究業績となりつつある。

近年の同キャンパスにおける研究事例として、旭川地域の特性である雪と寒冷地をテーマにする観光開発のコンセプトワーク等をデザインする受託研究の依頼があった。

3-2 長岡造形大学   

全国の地場産業とデザインの連携を視察調査する候補として長岡造形大学及び洋食器産地を視察調査した。同大学は、第3セクター方式の運営により、地場産業に寄与する目的で設立された大学である。開学時から産学連携を推進する部署としてデザイン研究開発センターを設置し、現在までに多数の実績がある。本稿では、同大学デザイン研究開発センター長理事・教授松丸武氏、総務課庶務係主事、三重掘健志氏を訪問し同センターの活動を伺った。

開学より15年目を迎えて、近年では規模は小さいが産学連携の依頼は年々増加の傾向である。地域の特色が出ている事例として、長岡周辺地域の農協主催によるイベントの参加及び農産物のパッケージデザインの依頼があった。また、環境・建築分野では、地域の建築物など文化財等の保存や調査も行政機関から継続的に依頼されている。新潟県には大きな企業もなく、現時点では県内外の地場産業とのネットワークはない状況であるが、他の大学間では長岡技術大学とソフト開発などを行った実績はある。まだ地方中小企業にとってデザインとは啓発の段階であり、ネットワーク構築は今後の研究課題とのことである。

視察に訪れた、燕三条地区地場産業振興センターでは、地元の製品を一同に展示・販売している。同センターのデザイン支援部署であるリサーチコアデザインでは、ビジュアルデザイン及びプロダクトデザイン分野の教員が出向き月1回のペースで地元産業界のメンバーと研究会を開催している。したがって、燕三条の問屋及び産地メーカーは、常にユーザーのための商品づくりをコンセプトにするなどデザインに対する意識も高く、早くからジャパンブランドの取り組みも行っている。(図3-3)

同大学は地元産業界及び行政からの要請で設立された為に、産官学連携の成果が、デザイン研究開発センター活動報告書からも見て取れる。さらに、学生に対しても地元を対象にしたカリキュラムとして「地域プロジェクト」を必修単位化するなど地元に根ざした教育・研究が行われており、今後の同大学、デザイン研究開発センターの活動を期待している。なお、聞き取り調査終了後に大学内の施設及び実習工房の見学を行った。

燕三条の伝統的地場産業である株式会社玉川堂を訪問し箕輪朋和氏の案内により同工房の見学を行った。無形文化財鎚起銅器は、地元洋食器産業の源流となる技術である。ここでは、職人の手作業により、銅製の急須、茶たく、花瓶などが製作されている。近年、長岡造形大学卒業生を迎えるなど、技術伝承のための人材育成を行っており、ここでも地元大学と産業界の有効な関係が構築されつつあると思われた。(図3-4)。

図3-3 燕三条地区地場産振興センター

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図3-3 燕三条地区地場産振興センター

図3-4 株式会社玉川堂工房

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図3-4 株式会社玉川堂工房


3-3 富山大学  

3-3-1 富山大学芸術文化学部の産学連携事業の背景

富山大学は、理念・目標の一つに社会貢献を掲げ、産業集積地帯である地域の特性を活かし、産学官連携を通じて地域産業の活性化の促進に力を注ぎ、全学で様々な取組を行っている。2008年3月、大学と地場産業の連携事例調査のため、富山県高岡市の富山大学芸術文化学部小松研治教授を訪問し産学連携の具体的な活動について伺った。

富山大学芸術文化学部のある高岡市は産業都市として発展し、今日ではアルミサッシの生産額日本一で知られる。また、伝統工芸も盛んで、高岡銅器や高岡漆器などで全国有数の工芸都市としての歴史を有している。富山大学芸術文化学部の前身である高岡短期大学は、1983年地場産業の振興と伝統産業の継承者育成を目的として設立されており、建学の趣旨として地域の多様な要請に積極的に応え、広く地域社会に対して開かれた、特色ある国立短期大学を目指すことを挙げている。2005年富山大学と統合した際、地場産業との乖離を危惧する声が企業側から挙がったが、新たに芸術文化学部として地域の要請に応える学科構成をとり、地域との密接な連携を引き続き推進している。

3-3-2 富山大学芸術文化学部の「特色GP」「現代GP」への取り組み

富山大学芸術文化学部では、文部科学省より2004年に「特色GP」、2005年に「現代GP」*1の採択を受け、産学連携を積極的に取り込んだ教育を実践している。

富山大学芸術文化学部の「現代GP」の一つ「炉端談義プロジェクト」は、地域と一体となった授業計画(コラボ授業)を行うことで、大学を地域と芸術文化教育の「連携と可視による地域キャンパス化」とすることを最終的な目標としている。富山県と同じく伝統工芸や地場産業が盛んな地域では、地域資産の将来的な継承・発展のため、企業が大学と連携して研究や開発を行っている事例は多数確認できる。しかし、そのような取組の多くは、単発的なもので企業側および大学側のニーズを集約し、総括的マネジメントのもとに成果を発展させてゆくシステムの構築が不十分であることが多い。富山大学芸術文化学部では、前身の高岡短期大学の頃から、地域との密接な連携を推進してきた経緯をもとに、「炉端談義プロジェクト」において次の3つの必要性を掲げている。

1)各連携授業をカリキュラムの学習深化に対応させて配置する仕組み作り。

2)連携による教育の成果を多くの学生・教員・地域が共有できる可視化。

3)連携授業の成果が次の連携を生む「連続性・継続性」を持たせる仕組み作り。以上を踏まえ、コラボ授業を行ううえでの概念図を作成し、プロジェクトを推進する組織として諮問委員会、教員と外部委員で構成されるコンセント委員会、地元委員で構成される企画運営委員会を設置している。 (図3-5)(図3-6)実践していく上で中心的機能を果たすコンセント委員会は、毎月1回開催されており、地域ニーズ・教育ニーズの集約と連携のコーディネート、コラボ授業の成長ステップ検討、可視化支援、本事業の外部評価などを総括している。コラボ授業には、芸術文化学部教員による47授業が現在エントリーしており、授業成果の公開についても、高岡キャンパス内の3カ所に大型ディスプレイを設置し、随時紹介している。

図3-5 概念図

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図3-5 概念図

図3-6 プロジェクト推進組織

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図3-6 プロジェクト推進組織


3-3-3 富山市におけるガラス工芸

現在富山市では、多くのガラス工芸家が育ち活躍している。その中核をなすのが富山市立富山ガラス造形研究所であり、毎年20名ほどの卒業生が社会に送り出されている。卒業生の出身地を調べてみると、その約90%が富山県外からの学生であり、卒業後地元に帰ることなく、富山県に留まっている。地方都市においてこの傾向に驚かされるが、その理由には市レベルの支援がある。1-8カ所の賃貸工房があり低賃料で貸されている。2-隣接する富山市ガラス工芸センターでは、高額な吹きガラスの設備が、開放されており各作家たちは有料ではあるが、自己申請により自由に設備を使用できるシステムになっている。3-地元新聞社「北日本新聞社」などの協力も力強く全国公募の展覧会「富山ガラス大賞展」なども開催されている。

以上のような支援によりガラス作家を目指す人たちは、前出の研究所において教育を受け、その後行政の支援による恵まれた工房の環境の中、約10年近く富山市での制作活動がスムースに行われてきた。以上の行政支援の結果、現在富山ガラス造形研究所は創設20年となり、富山市におけるガラス工芸は一般的にも広く認識されるようになってきた。

3-4 九州大学

九州地区の地場産業と大学との連携を調査する為に、九州大学芸術工学部教授森田昌嗣氏を訪問し、日経デザイン2007年2月号に掲載された家具ブランドの「SAJICA(サジカ)」について、大学との連携の方法を伺った。

大川家具は全国の家具産地としてトップクラスの売り上げである。しかし、バブル崩壊後年々減少を続け、近年では最盛期の売り上げの半分以下となっていた。そこで2004年中小企業庁が地場産業再生のための支援プログラムとして「JAPANブランド支援事業」を導入することになった。さらに大川インテリア産業リバイバルプラン及び地場産業デザイン推進のために、地方行政が中心になり福岡県・大川市・大川商工会議所がこの事業に補助金を出すなど、総額約3,200万円のプロジェクトとなった。本プロジェクトは、第1フェーズとして3年間、第2フェーズとしても3年間の継続した事業計画である。

大学と大川産地との連携は、JAPANブランドの立ち上げから大川商工会議所と進めてきた。ここでは行政が主導し大学がコーディネートする体制にしている。したがって、大学教員はデザインの担当者ではなく、外部の家具デザイナーに依頼している。また、原則的には学生も同様にデザインには関与していない。しかし、一部の大学院の学生に対しては、プロジェクト型の授業を利用し、学生作品をコンペ形式にて優秀作を試作した実績がある。

第一フェーズの計画に、SAJICAブランドの首都圏市場開拓のためアンテナショップを三鷹市に開設した。また国際家具見本市「プラネット・ムーブル・パリ」に出展した。また、第2フェーズでは、アンテナショップを目黒区に移転し、「ケルン国際家具見本市」にも出展するなどのSAJICAブランド販路開拓、ブランドイメージの構築を積極的に行っており、森田昌嗣教授からも、これからは「販売のデザイン」が重要なキーワードとなるとのことであった。

今回の調査から、プロジェクトの予算規模が大きくかつ継続的な産地との事業において大学がコーディネートする体制が、産官学の連携として効果的に機能していると思われた。

続いて、大川家具産地に出向き、財団法人大川総合インテリア産業振興センター専務理事古賀泰氏、業務課長江崎賢司氏を訪問した。

前述のJAPANブランドの立ち上げから4年目となり、ようやくSAJICA製品のアイティムが揃ってきた。家具業界におけるブランドイメージも定着し、さらに製品の品質も高まってきた。SAJICAブランドの広報活動として、第一フェーズより首都圏の百貨店においてイベント的な展示会を開催していたが、ようやく地元福岡市の岩田屋百貨店で展示会を行うことが出来た。この地元の広報活動により、JAPANブランドSAJICAに対する大川家具業界の全体の意識は高まってきた。

JAPANブランドSAJICAの製作企業である 2社のショールーム及び工場を見学することができた。広松木工株式会社では、社員によるデザインコンペを実施しデザイナーのレベルアップを図っている。また、自社独自による木工製品の調査及びマーケティングも実施している。株式会社添島勲商店は、い草のマット、ラグを販売している。ここでも外部デザイナーを起用して現代のライフスタイルをコンセプトにした、い草製品の提案を行っている。2社ともにデザインを積極的に導入するなど、今後の展開が期待できる事業所であった。 (図3-7)(図3-8)

図3-7 広松木工株式会社ショールーム

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図3-7 広松木工株式会社ショールーム

図3-8 株式会社添島勲商店ショールーム

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図3-8 株式会社添島勲商店ショールーム 



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「GP」とは、文部科学省が行っている各大学などでの教育改革の取組の促進を目的とした支援プログラムである。大学等が実施する教育改革の中から、優れた取組を選び、支援するとともに、その取組について広く社会に情報提供を行っている。この「優れた取組」を「Good Practice」と呼んでおり、「特色ある大学教育支援プログラム(特色GP)」、「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)」を実施している。
大学出版会、2007年、p416