Design principles and goals for making clothing for partially disabled people
-This is research into the slightly paralyzed human shape & measurements in regards to the way of designing clothing-
近年、高齢化に伴い、障がい者数も増大することが問題化しつつある。障害は、年齢が上がるにつれ上昇し、高齢社会に向けて、各分野の取り組みが求められている。
ファッションデザイン分野においても、現在の衣生活を捉えると、既製服*1を主な着用服として多くの人が使用しているが、障害を負うと、衣服の販売店や衣服の選択数が限定される、また衣服の着心地や動きなど機能性も悪くなるなど、心身ともに悪影響を及ぼしていることが、先行研究(参考文献1)から明らかになっている。彼らは障害を負った後も健常であった頃と同様、社会参加を望んでいる。しかし、体型変化や身体機能の低下により、既製服が合わず、衣生活において多くの支障が生じている。今後増加の一途を辿る肢体不自由者に対して、快適な衣服の提供は、必要不可欠な研究である。
本研究は、上記の課題から、肢体不自由者に配慮した衣料品設計指針作成を目的としている。
本論は、肢体不自由者の中でも最も増えるであろう片麻痺者への快適な衣服の提供を目的に、三次元人体計測法が片麻痺者の体型計測に有効か否かを調査研究するものである。そして、肢体不自由者に配慮した衣料品設計指針作成のための基礎的知見とする。
障がい者とは、生まれつきまたは疾病、外傷により身体に何らかの障害を有する者とし、その対象とする障害を身体障害と知的障害または精神障害としている。このうち身体障害については、視覚障害、聴覚言語障害、肢体不自由、内部障害に分類されている。
本研究で対象とする片麻痺者とは、神経または筋肉に障害を受け、身体の片側が麻痺した状態を有する人を示す(写真1)。脳卒中により生じる場合が多く、右半身麻痺と左半身麻痺がある。
麻痺には、運動機能が侵された場合を「運動麻痺」、知覚機能が侵された場合を「知覚麻痺」もしくは「感覚麻痺」、脳や脊髄など中枢神経系に障害をきたして起こるものを「中枢神経麻痺」、抹消神経系が侵されたものを「抹消神経麻痺」という。
一般に脳・脊髄など中枢神経系が侵された場合は、突っ張った硬い麻痺状態(痙性麻痺)になることが多く、抹消神経系が侵された場合は、筋が弛緩し、だらっとした状態(弛緩性麻痺)になる場合が多い。
写真1 片麻痺者
体型とは、身体の型や体つきのことをいい、最外層のアウトラインのことをいう。
体型は、長さ、幅、厚みなどで表すことができ、各部位の丈、幅、周囲長、肩傾斜を計測した数値をもとに、衣服設計を行う。
人間には、さまざまな体型があり年齢や性別、地域などにより人体各部位の大きさやバランス、プロポーション(比例)が異なっている。人間は誕生とともに、乳幼児期、児童期、思春期を経て成人になり、やがて加齢とともに老人へと移行し体型も共に変化していく(写真2)。一般的に健常者の体型は、左右同寸法でバランスがよいものと考えられている。しかし、肢体不自由者は、丈や幅、回り寸法に関しては左右同寸法ではなく、左右アンバランスであることが多い。
肢体不自由者に適合し着心地のよい、かつバランスを美しく見せてくれる衣服を製作するには、着用者の体型を正しく観察し、体型の特徴を数値上と視覚による形状から正しく把握することが重要である。
体型計測とは、衣服製作に必要な計測項目とその計測点を定め、正確に測れる計測機器を用いて身体の寸法を計測することである。
現在、体型計測法には、マルチン計測器を用いるマルチン計測法、人体の断面形状を計測するスライディングゲージ計測法、石膏包帯を人体に貼り付け型をとる石膏包帯法、人体をシルエット写真で撮影する自動体型撮影法、人体の立体形状を非接触で短時間に計測する三次元人体計測法などがある。
三次元人体計測とは、人体形状を人体に安全な赤外線近発光ダイオードと位置検出の受光素子を使用し、光学三角測量法を用いて走査(スキャン)し、ポリゴン*2状態に生成された人体形状の解剖学的特徴点(以下、ランドマークと示す。ランドマークとは、採寸をするための基準点で、解剖学の分野では骨格を基準にしている。)をもとに、自動採寸ソフトウェアを用いて画面上で採寸する方法である。ランドマークは、左右対称体型が前提とされ、健常者特徴点の統計値をもとに設定されている。また、周囲長の採寸は床面から平行に設定されている。このように、現状の三次元人体計測システムの計測基準は、健常者の体型を基にして市場では使用されている。本研究においては、片麻痺者への対応の可否を試みる。
6-1 研究の方法
6-1-1 日時・場所
片麻痺者21名に対し予備調査を行い、2007年8月27日、神戸女子大学B館413室(アパレルデザイン室)で、男子3名、女性2名の計5名に対して三次元人体計測を実施した。計測時間は13:00から14:00の1時間であった。
6-1-2 対象者
被験者5名は、兵庫県在住で、60代が4名、50代が1名で、いずれも身体障害者手帳2級を保持している。移動方法は、独立歩行が3名、杖を使用する自立歩行が2名、5名中2名が改造自動車を運転していた。
6-1-3 計測機種
浜松ホトニクス社三次元人体計測システムBody Line Scanner C9036を用い、計測を実施した。 先行研究(参考文献1)では、肢体不自由者(片麻痺者・対麻痺者*3)を対象としたため、三次元人体計測法は、両下肢麻痺者には対応できず、マルチン計測法を用いた。本研究では、片麻痺者のみの計測となるため、身体負担が少なく、かつ多数のデータ収集・蓄積が可能な三次元人体計測法を用い、その有効性を図る。
6-1-4 計測方法
被験者は直立姿勢で静止し、腕を30~40度ほど広げて計測を行った。麻痺で腕を身体から離せない被験者については、健側のみ腕を広げた。直立姿勢が不安定な被験者は、計測器側面の持ち手を補助とし、計測を行った。
6-1-5 計測項目
計測項目は、男性59項目、女性62項目が自動設定されている。男性は59項目中、丈寸法25項目・周囲長28項目・幅寸法6項目が設定され、女性は62項目中、丈寸法26項目・周囲長30項目・幅寸法6項目が設定されている(図1)。女性は、アンダーバスト項目が設定されているので男性より3項目多くなっている。高さ項目については、ランドマーク点から読み取ることができる。高さ項目とは、衣服設計に必要な計測項目であり、床面から計測点までの直線距離を測った項目(身長、ヒップ高、ウエスト高など)である。
調査手順は、既存(健常者対応)の三次元人体計測手順をもとに、ソフトウエア上で採寸するデータ処理を行った。
作業工程は、被験者の体型をBody Line Scannerで撮影(計測)し、画像データを得た。被験者ひとりにつき6秒から11秒かかった(写真3)。採寸ソフトBodyline Manager*4を用いデータ上で「ランドマーク付け」と「採寸」作業を行った(写真4、5)。健常者の計測は通常、Bodyline Managerで「自動ランドマーク付け」「手動及び自動修正」「自動採寸」の3工程の作業が主である。
左右非対称姿勢の片麻痺者の計測では、「ランドマーク付け」と「採寸」作業で誤差が生じたため、計測が不可能であった項目に関しては、「自動ランドマーク付け」の後に「手動ランドマーク付け」の修正が加わり、採寸でも「自動採寸」の後に「手動採寸」と手直しの工程が発生した。手動での修正、採寸が不可能な項目については、Geomagic Studio*5を用い採寸作業を行った(写真6)。
左右非対称姿勢の片麻痺者の計測を三次元人体計測法で行った結果、「ランドマーク付け」と「採寸」作業で誤差が生じるため、それぞれの作業に「手動ランドマーク付け」と「手動採寸」の工程がさらに必要となった。主な要因としては、被験者の左右非対称体型があげられる。さらに患側の腕が体幹に接触する場合、採寸できない項目(チェスト・バスト囲、ウエスト囲、股上前後長)が発生し、Geomagic Studioで体幹から腕を取り除き、体幹を輪切りにして周囲長の点線のみを抜き出し、点数と点間距離から採寸項目の寸法を割り出す作業が必要となった。「首付け根回り」も計測不可能であった。結果、1名あたりの体型計測に費やす作業工程時間は、4時間もかかった。
計測項目では、左右肩中央点に関わる項目、患側肘囲、鎖骨周りに関わる項目の誤差が生じ、患側腕が体幹に接触している場合は、計測が不可能となった。また、片麻痺者衣服設計に必要な頸側点からの丈寸法項目、首付け根囲、被験者のチェスト囲・バスト囲・ウエスト囲、体幹最大囲、肩傾斜項目が計測されていないことも明らかになった。
9-1 三次元計測法の有効性
9-1-1 短時間での計測が可能であること
三次元人体計測での人体形状に費やす時間は、6秒から11秒である。計測時間の短縮は、被験者の身体負担や精神的負担を和らげることができる。
9-1-2 左右項目の計測が可能であること
三次元人体計測法では、当初から左右項目が設定されており、左右項目が必要な片麻痺者に適用できる。
9-1-3 身体形状と計測値の把握が可能
三次元人体計測は,画像データと計測値を併用して活用できる。計測値だけでは、体型イメージが把握できにくく、衣服デザインも提案しにくい。また、視点を変えれば、画像データは、デザイン教育に活用できる可能性を感じ今後の課題としたい。
9-1-4 計測値のデータベース化
被験者の画像と計測値をデータベース化し蓄積することができ、今後、データの共有化を図ることが可能となる。
9-2 今後の課題
9-2-1 データ処理機能の改善
現在の三次元人体計測器は、立位姿勢を基本姿勢とし、体幹と腕が接触しないことが基本である。したがって下肢麻痺で車椅子使用者には、計測が不可能となり、片麻痺者のように患側の腕が体幹に接触する場合、採寸できない項目が発生し、Geomagic Studioで処理しなければならず、結果、1名あたり4時間を費やした。ランドマーク誤差の改善や修正作業の簡略化、計測できない項目への配慮等のデータ処理機能の改善・向上が求められる。
9-2-2 計測項目の見直し
計測項目は、項目数が多いに関わらず、衣服設計に関わる項目(肩傾斜、左右後ろ丈、前中心丈、首回り、腹囲最大囲)が欠如しており、これらの項目の追加および現項目の見直しが必要である。
以上の調査結果を踏まえて、今後、片麻痺者への快適な衣服提供を実現させるためには、彼ら・彼女らの身体特性を多量に効率よく計測できる三次元人体計測法が必要である。しかし、現状の機能に関しては健常者への適用のみで、課題は多い。今後の高齢社会やファッション市場を考えれば、肢体不自由者へも適用できる計測技術の開発が求められる。今後も本研究を継続し、片麻痺者の身体特性データを蓄積、類型化し、肢体不自由者に配慮した衣料品設計指針作成の基礎的資料の構築を目指したい。
- *1―
- 既成服:既成衣料品のことで不特定多数の人々の需要を見越して、一定の規格により工場で生産販売される衣服のこと。現在、国内の既製衣料品サイズとして、JIS(Japanese Industrial Standard)に基づくサイズ表示が幅広くアパレル産業界で使用されている。
- *2―
- ポリゴン:3次元コンピュータグラフィックスで、立体の形状を表現するときに使用する多角形。コンピュータで立体図形を扱う場合、物体表面を微小な三角形のポリゴンに分割して数値データ化することにより、様々な視点や環境による物体の見え方を計算によって生成し、画像として描画することができる。
- *3―
- 対麻痺者:両上肢麻痺と両下肢麻痺のことを示す。両下肢麻痺は、脊髄損傷により生じる場合が多い。上肢に麻痺がないので多くの人は車いすを使用して自立した生活を営んでいる。一方、両上肢麻痺は、手に麻痺があるので主に足を使って日常生活を営んでいる。その他、三肢麻痺(手足のうち三肢が麻痺している)、単麻痺(手足のうち一肢が麻痺している)などがある。
- *4―
- Bodyline Manager
スキャンされた人体計測データから自動、短時間で、高精度の人体計上ポリゴンを生成し、ランドマーク47点を自動的に読み取り62計測部位を自動採寸するソフトウェア。 - *5―
- Geomagic Studio:エンジニアやデザインの専門家のためのデジタル形状再構築ソフトウェア。
計測不可能な部位をデータ上で削除や穴埋めなどの修正を行うことにより、デジタルモデルを迅速に自動的に作成することが可能となる。
(2008年度芸術工学研究所コア研究採択課題)