前章の略歴にあるように、かつて新子氏は山中に小屋を建て、移設しながら杓子の製作をしていた。当時、自宅から数十キロメートル離れた場所に3人~4人で山小屋を建てて作業場兼仮設住居とし、自宅に戻るのは年に4回程度であった。わが国において電動工具の普及は1950年代に始まるが、木地師の山小屋には送電および発電設備の導入はなく、電動工具の類は使用できなかった。また、その小屋の周辺に良材がなくなると、木材の豊富な場所へ新たに山小屋を建て直すので、移動を容易にするため杓子づくりの道具についてもその種類を最小限に抑えていた。現在は自宅に併設した工房にて製作しているが、杓子づくりの工程および使用工具は、山小屋でのそれとほとんど同じである。多種にわたる電動工具のある現在でも、昔ながらの限られた手工具で加工している。唯一往時と異なる点は、丸太の玉切り作業で手鋸の代わりにチェーンソーを使用している程度である。
次に示す工程1~9は、現在の新子氏が材木商から丸太を購入して製品にするまでの作業を便宜的に分けて示したものである。テンプレートのような「型」を使わず、杓子の長さ、巾、厚さが刻まれた「定規」1本にてサイズを決めながら、順を追って各工程それぞれの手工具を用いて作業を進める。一日に完了できるだけの本数をまとめて工程順に加工し、全工程をその日のうちに終わらせる。加工を終えた杓子は、工房内にて写真3のように井桁に積み上げた状態で10日間ほど乾燥させ完成となる。
- 工程3 :
- 「木取り鉈」(写真8)を用いて、写真7左の状態から「荒型」(写真7右側)を製作する。「荒型」とは工房に持ち込む前の荒仕上げ段階の状態をいう。あて台に材料を押し当てて「木取り鉈」を振り下ろして加工する。あて台は地面に打ち込んだ長さ約1m、Φ120cm程度の樫の丸太で、作業は立った姿勢で行う。
- 工程4 :
- 工程4からの作業は、工房にて座位で行う。かつて山中で作業をしていた頃も、木を伐採したその場で「荒型」までの加工を行い、そののち材を山小屋に運び込んで作業を進めた。まず「小作り台」(写真9)に材料を安定させて「小作り庖丁」(写真9)を用いてコベの表の平面を出す。次に柄の表を「セン」で削って仕上げる。そして再び「小作り庖丁」でコベの裏と切り型部分の形を削り出す。