3-1 特別講義の収録と再構成
2007年度のビジュアルデザイン学科の連続特別講義は、テーマとして、日本近代を中心とした「書体」「活字」「組版」のさまざまな有り様をめぐる問題について開催された。計4回の特別講義には以下の各氏をゲスト講師としてお招きした。
祖父江慎(グラフィックデザイナー、コズフィッシュ代表)
藤田重信(フォントデザイナー、フォントワークス)
加島卓(東京大学大学院学際情報学府博士課程・日本学術振興会特別研究員)
鈴木広光(奈良女子大学准教授、出版メディア史・印刷技術史)
「特別講義」の現場で収録された講義内容は、音声データから文字おこししてテキストファイル化し、各講師のもとへ「校正・再構成」の依頼とともに送られた。各講師においては程度の差はあれ、かなり大幅な改稿作業をされて、更新されたテキストファイルが研究代表者のもとに返送された。同時に再構成作業に準じた参照掲載図版類が印刷適正解像度を充たすファイル容量の画像ファイルとして送付いただいた。ただしこの時点で充分な容量を充たす画像が手に入らない場合には、原典所有者(主に図書館・美術館)にフィルム等による画像の提供の依頼を行い、また必要なものについては掲載許可の手配もとった。集約されたデジタルデータ(文章=テキストファイル+図版=画像ファイル)は研究代表者を中心とするデザイン実践スタッフによりA5判変形のページ寸法(天地=210ミリ、左右=147ミリ)の冊子形式としてレイアウトされた。以降はプルーフベースでの校正確認を数度にわたり各講師から応答いただき最終ページアップ確定までにいたった。カバー等書籍体裁のためのデザイン作業もほどこして単行本としての形を整えた。
公刊には左右社の協力をいただいた。『文字のデザイン・書体のフシギ』というタイトルの一書として2008年春に刊行し、現在「生きた」新刊書籍として流通している。
3-2 各論述の概要と再構成の状況
3-2-1 祖父江慎「ブックデザインとかなもじ書体のフシギ」
現在、最も脚光を浴びているブックデザイナー=エディトリアルデザイナーである祖父江慎氏は、また同時に近代出版文化や初期活字成立過程への論及でも知られている。ここではブックデザインの最新の現場としての側面と活字書体成立史研究の側面の二つの部分の論考がある。祖父江氏においてはデザイナーとしてのタイポグラフィ的実践は、その活字書体研究の成果と分かちがたく結びついている。われわれはここでそうした祖父江氏の考察をきわめてライブな「しゃべり言葉」として再現するようにしたが、実はここでの過剰にもポップとも思える祖父江氏の「文体」は、ほぼその90パーセントほどは再構成時に「校正」として赤字書き込みされたものである。レイアウトは当然そうした祖父江氏の意図された「文体」に沿うべく、さまざまなイレギュラーな配置をこころみた。
3-2-2 藤田重信「フォントデザインの視点と細部」
藤田重信氏は、写真植字全盛期(1970年代から1980年代)の寡占的な写植メーカーであった(株)写研で書体設計者としての経歴をスタートし、現在、(株)フォントワークスで新しいデジタルフォントの開発に携わっている。筑紫明朝-L、筑紫A・B見出し明朝を1998年より開発、2003年完成させる。
『文字のデザイン・書体のフシギ』も全面的に筑紫系書体を使用している。
デジタル時代にアナログが持つテイストを取り入れるフォントデザインは、知的な書風のフォントとして高い評価を受けている。現在オールド系明朝体にもまだ見ぬ新鮮な息吹を与えるべくデザインの研究・開発に取り組んでいる。
論述は図版の提示する書体間の輪郭の差の微細な変化に注意を払うものであり、レイアウトもそうした藤田氏の意図を反映すべく極力整序されたものとなるよう配慮した。
3-2-3 加島卓「デザインを語ることは不可能なのか」
現在、研究者としての活動を中心としている加島卓氏は、グラフィックデザイナーとしての経歴も持ち、デザインの現場と研究活動の応答の中に、現代デザインの持つ多様な問題性を論じている。専門は、メディア論・アイデンティティ研究・歴史社会学・日本広告史。
論文に、「〈広告制作者〉の起源」『マス・コミュニケーション研究』(第71号、日本マス・コミュニケーション学会)、「反-模倣としての個性」『情報学研究』(第72号、東京大学大学院情報学環)など。
加島氏は以下の6つの問いかけを手がかりとして論述をすすめられた。「音楽を語ることは不可能なのか。」「デザインを語ることは不可能なのか。」「日本におけるデザイン雑誌の歴史。」「デザインが語られ始めた時。」「デザインは語れないと語られ始めた時。」「デザインを語ることは不可能なのか。」
戦後デザインの動向に触れる図版類が適宜文章に則して配置されるようにし、また問いかけの文言そのものが突出するように、レイアウトは意図されて、展開された。
3-2-4 鈴木広光「制約から見えてくるもの……嵯峨本のタイポグラフィ」
国語学を専門とする鈴木広光氏は出版メディア史と印刷技術史の観点から、平仮名書体、書風の変遷を研究されている。氏の古活字に関する論考の核心の部分は現代の書体デザインの直面する限界線を越えうる可能性への示唆が富むものとなっている。デジタル記号であるアウトラインデータによって設計されている現在のさまざまな日本語フォントが、金属活字の字母設計に書体の由来を持つ事実は、生産のシステムとしてのコンピュータ技術との間に本当の意味での整合性を持ち得ていないということではないだろうか。一見、非常に古い時代の書体の解析に終始していると思える鈴木氏の論述が、日常の中でDTP技術による作業に終始しているわれわれデザインの実践者にとって、きわめて魅力的に見えるのは、そこに未だ視ることの出来ない未来の「書体」のかたち、あるいは「日本語記述」の形式がかすかに仄見えるからではなかろうか。
鈴木氏には著書に『本と活字の歴史事典』(共著、柏書房)、『日本の近代活字 本木昌造とその周辺』(共編著、近代印刷活字文化保存会)、論文に「嵯峨本『伊勢物語』の活字と組版」、「古活字版のタイポグラフィ」等がある。
「嵯峨本」という美術工芸品としても価値の高い古活字版の版面および、その木活字を主要な挿入図版とするこの論述のレイアウトは、整った古典的なたたずまいを想起させるようなものを心懸けた。