イランは西アジアにあり、その歴史は7000年以上にもなります。ペルシャ芸術の研究においては、(かつての)イランとは、現在のイラクの大部分、アフガニスタン、パキスタン、タジキスタンを含んでいます。イラン人は民族、宗教、言語そして文化によって区分されます。トルクメン、クルド人、トルコ人、バローチ、アラブ人、アゼリーなどです。
イランでは北と南で気候が異なりますので、北のカスピ海のそばでは緑豊かですし、ペルシャ湾岸地域ではとても暑く、中央では乾燥した砂漠となります。したがって、水と緑はペルシャ人にとっていつもとても重要なものでした。「アナヒタ- (Anahita)」という水の女神がいます。彼女は自然が水に恵まれることを助け、また生物の生長をも助けていると考えられています。
自然界のなかで、植物や木々はとりわけ重要で、成長のシンボルとなっています。木は地に根を張り、天に向かって育ちます。ですから、それは天と地の間の柱のようなものです。木は空から青色をもらい、また地からは黄色をもらい、それゆえに緑色であると考えられています。したがって木は宇宙と関係があり、神聖で永続的なものと考えられています。
ペルシャ文化のなかでとりわけ重要とみなされる木があります。糸杉、やし、ざくろなどです。イランのいくつかの地域におけるほとんどの寺院では、これらの木は人々から崇拝されています。糸杉はイランの北から南にかけてのさまざまな地域で育ち、一方、やしは中央と南部で育ちます。これらの木々が現存する地域では、どちらの木も長年「命の木」の象徴とみなされていました。糸杉(Sarv)は最も樹高の高い木で、天に向かって真っすぐ育ちます。だから力強さと永続性を持った英雄を象徴しています。いつも緑豊かで、それゆえに「命の木」となります。糸杉は男性のような英雄であり、女性のような成長の源です。だから男性的な力と女性的な力を両方持っています。
長いイランの歴史のなかで、とりわけ二つの宗教が重要な意味を持ちます。ゾロアスター教(BC550年ごろ)とイスラム教(AD750年ごろ)です。ゾロアスター教において糸杉はとても重要な木です。ゾロアスターが神のメッセージを人々に届けるために天からやってきたとき、彼の手には三つのものが握られていたと言われています。火と聖書(Avesta)と糸杉(Sarv)です。
糸杉から派生したとされる二つの「形」があります。1)やし(Nakhl)と2)ペイズリ(Botteh)です。
1)Nakhlはペルシャ語でやしを意味します。一種の神輿もNakhlと呼ばれます。この神輿はイランの中央と南部(現在のイラク近郊の諸都市)でよく知られています。神輿は二人の神話上の人物の遺体を運ぶ場所です。古代(Syavash)は国の自由の象徴でした。イスラム期(Hossein)はまた自由のために殺されました。神輿(Nahhl)の形は彼らの永続性と永遠の生命を表現するために糸杉の形をしています。昔から現在まで、毎年二人の英雄を記念する儀式があり、人々はそこで神輿を担ぎます。通常二つのタイプの神輿があります。金属でできたものと木でできたものです。
2)ペイズリ(Botteh Jegheh)は世界的によく知られた形です。Sarvのように古典的なものです。イランとインドの芸術ではとても頻繁に描かれています。イランとインドは文化においてインド-ヨーロッパ文化圏という共通の根を持ちます。特に、イスラム教が入って来るまでのゾロアスター期でその特徴が顕著です。だから両国間では多くの文化的側面において影響がみられます。
ペイズリは命の木と成長の力を現しています(Bottehはある植物のペアを意味します)。ペイズリにはたくさんのバリエーションがあります。尖頭状のもの、頭が分岐したものなどです。また、建築やテキスタイル、木工のデザインなど多岐にわたり使用されます。
アジアのデザイン研究は多くの文化を広くカバーします。それは共通のアイデア-古典的で、深く、複雑で、繊細で、美しいアイデア-の統合です。どの地域もユニークなアートの様式をもっています。
イランでは古くから今にいたるまで人々は自然を視覚化してきました。そしてペルシャのデザインスタイルを形成してきました。それは意味とプロセス-始まりと終わり-を持つものです。これはペルシャの慣習を生んだ時代の伝統を意味します。イラン全土には多くの形式的な儀式があります。そこで使用される素材は人々の心からデザインされたものであり、かれらとともに永遠に生き続けるものなのです。糸杉、あるいはSarvは自然からの参照を明確に示す最も古い形の一つです。糸杉はイランの人々にとって、生命の大切さ、道徳、永続性を意味します。Sarvのための儀式、Sarvとともにする儀式がたくさんあります。5000年前から現在に至るSarvの物語はイランの人々のサバイバルと自由の物語なのです。
訳:早川紀朱(元大学院芸術工学研究科助手)