3-6 山西省の大院における装飾芸術の特徴
山西省に広がる晋中平原にみる各大院は、明・清の時代に栄えた山西商人(晋商)たちの旧宅であり、その夥しく華やかな邸宅の装飾は、意味をもち機能を担うものであって、過去の繁栄の歴史と文化を物語っている。
ところがこれらの大院の装飾を個別に紹介する文献はいくつか存在するものの、相互に比較検討する先行研究はみられない。そこで、ここでは王家大院をはじめとする山西省の各大院にみた装飾芸術の特色及びその分類について考察すると同時に、王家大院の装飾芸術の位置づけを論じる。
3-6-1
山西省の各大院は明・清時代につくられたが、この時代の邸宅における装飾の主な特徴は「三刻」である。即ち磚(レンガ)、木、石の三種の彫刻であった。「三刻」は民間の実用美術と建築装飾を融合したものであり、中華民族の一定の歴史における文化心理、道徳観念、身分、品格修養、人格追求などを反映している。
3-6-1-1 磚刻
各大院にみた「磚刻」は主に壁(図14)、瓦当(図15)、煙突(図16)、棟(図17)及びその両端の聖獣(図18)の造形にある。王家大院の主人は官職にあったため、「磚刻」の多くは身分に合わせて作られたと考える。例えば敦厚宅「影壁」の獅子塑像(図19)は明、清時代の官職の二品クラスを象徴するもので、獅子の装飾は五つの大院の中では王家大院にしか見当たらない。渠家大院の「磚刻」の量と質は王家大院には遠く及ばず、壁上の模様(図20)はあまり立体感がなく、平面的な技法を用いて作られたのが特徴であった。曹家大院の 「磚刻」は前二大院より少なかった。大きな作品は後院「影壁」の「福字」(図21)しか見当たらなかった。喬家大院の「磚刻」の特徴は黒色を呈している点にある(図22)。量は王家大院より少ないが、質においては王家大院より繊細に作られている。常家大院にみた「磚刻」意匠は王家大院と同等程度であった。入口の「百寿字紋」(図23)をはじめ、神仙故事、求子信仰、富貴への祈願などの彫刻はあちこちの空間にみられた。
3-6-1-2 木刻
各大院の「木刻」は、拱門、翼拱(図24)、窓櫺(図25)、家具、屏風などのところにみられる。王家大院の「木刻」意匠はあちこちにあらわれ、ある場所には双喜字の意匠、ある場所は南瓜やコウモリ、石榴(図26)、牡丹などが彫られ、一つ一つの意匠に意味がある。渠家大院の「木刻」意匠は量・質とも王家大院に及ばず、意味をもつ意匠もあまり見当たらなかった。曹家大院には「木刻」意匠はほとんどみられなかったが、室内にある屏風の竹彫刻の意匠(図27)や調度品の蔓草葡萄紋など、すばらしい作品がみられた。喬家大院の「木刻」意匠の量は王家大院には及ばないが、質の面においては王家大院に匹敵すると感じた。特に扉に刻まれている具象的な文様は、王家大院にもほとんど見られないほど、細密に刻まれている(図28)。常家大院にみた「木刻」の意匠はすべてが意味をもつだけでなく、窓櫺に刻まれている花瓶(図29)、蓮、八仙人のシンボル、翼拱、拱門にみた蓮(図30)、鶴、瓢箪などのリアルな表現は、各大院の中で最高水準にあると言えるだろう。
3-6-1-3 石刻
「石刻」の意匠は他の大院よりも王家大院のものが圧倒的に多かった。多様なモチーフを用いて装飾され、特に門両脇に置かれている門敦石(図31)、柱を支える太鼓石(図32)、瓶状の礎石、壁面の装飾などの箇所に見られた。「石刻」の意匠は「磚刻」や「木刻」よりコストがかかるため、渠、曹、喬家大院には残念ながら「石刻」の意匠はあまり見当たらなかった。常家大院の「石刻」の量と種類は王家大院より少なかったが、質は王家大院より優れていたと感じた。例えば(図33)にみられる盤長の石彫刻が、繊細な職人の技をあらわしている。また官人姿の彫刻(図34)をもリアルに表現されている。
3-6-1-4 「三刻」装飾芸術の分類
各大院にみた「三刻」意匠は種類が数多く存在し、一つ一つの文様にはそれぞれの由来があり、それを明らかにしていく作業も興味深いことである。しかしそれらはあまりにも膨大なので、ここでは整理を兼ねて、大まかな分類だけを試みておく。
即ち(一)原始の信仰に由来をもち、後々まで命脈を保ったもの…各大院の棟の両脇に彫刻されているチフン(図35)。(二)漢時代以後の神仙の世界をあらわし、後に次々と追加されていった図様…福禄寿仙人(図36)、八仙のシンボル、瑞雲など。(三)仏教、道教、ラマ教などにかかわるもの…パルメット、八宝、香炉(図37)、盤長など。(四)古代よりつづく土俗信仰にかかわるもの…桃,石榴(図38)、仏手柑など。(五)事物の性質に吉祥性を託すもの…蓮、南瓜(図39)、魚など。(六)音韻の通ずるところから吉祥とされるもの…福→蝠、禄→鹿など。(七)吉祥句の意匠化…五子登科(図40)、輩輩封侯など。
これらは寓意内容別に整理・分類することも可能である。即ち、a.基本となる福・禄・壽・禧、b.勇気、c.お祝い・喜び事、d.子供への期待、e.生活指針、f.向上心、g.花鳥風月への慈しみ、h.神仙・英雄への憧れ、i.鬼神や怪物・珍獣への畏怖、j.警世的な内容、などの10種類に分類できる。
3-6-2 小結
以上、山西省の五つの大院にみた「三刻」の装飾芸術の考察を通して、全体としては王家大院の装飾芸術はその量、規模、或いは用いられたモチーフがほかの四つの大院を凌ぐものであると判明した。一方、表現の質の面においては、喬家大院の繊細な黒色の「磚刻」、及び常家大院にみた「木刻」、「石刻」技術の表現は、王家大院に匹敵する水準にあることも判明した。山西省の各大院に装飾を施すことは、明、清の時代に人間が物を造ることに習熟したのとほとんど同時に行なわれ始めた行為と考えられる。それらは今日の工芸品に、装飾だけを目的として配される種々の意匠とは異なり、きわめて重要な意味をもっていた。装飾芸術が当時の人の心にどのように作用し、住む空間にどのような意味を与えているかを明らかにすることは興味深い作業である。この点については各大院の装飾芸術をさらに詳細に検討する必要があるので、今後の研究課題としたい。