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1 情報発信の多様な形態

『図書館雑誌』2008年6月号において桂英史が指摘するように、今日、本や図書館は情報というキーワードによって構想されつつある*3。言うまでもなく、既存の図書館において最も明確なメディアは図書資料であり、ここで本やDVDそれ自体のメディアとしての役割を改めて確認するまでもあるまい。むしろ「情報」というキーワードで図書館を再構成しようとした場合に見落とされがちであった領域に、ここでは焦点を当てたい。したがって、本やDVDといった図書資料を除いて、芸術系大学の図書館が持ちうるメディアとして以下の4つの項目を設定する。1)ウェブサイト、2)ギャラリー、3)コレクション、4)刊行物、の4項目における先進的な事例を概観することを通じて、この章ではデジタル・アーカイブ等も含めた「図書館」の情報発信の形態を分析する。なお、参照する事例は必ずしも大学図書館に限定されるわけではない。

1-1 ウェブサイト

現代の情報発信といえば、インターネットを介した各種サービスがまず想起されることだろう。この方面における優れた成果は、国立国会図書館関西館が運営する図書館情報サイト「カレントアウェアネス・ポータル」である。国内海外問わず図書館およびIT技術に関する新着情報を提供する同サービスは、速報はまずネット上に掲載されるという今日の情報環境を最大限活用し、インターネット上の情報整理を行っている先駆的な事例である。デジタル・アーカイブという位置づけではないが、情報が分類整理されデータベースに格納されるコンテンツ・マネジメント・システム(CMS)は、基本的にデジタル・アーカイブと同様の機能を有するものである。カレントアウェアネス・ポータルのサービスは、2008年、国立国会図書館60周年に当たって掲げられた「国立国会図書館60周年を迎えるに当たってのビジョン」(以下、長尾ビジョン)にも適合する。長尾ビジョンとは、専門性の強化および利用者の情報アクセス機会の拡充を謳ったもので、1)利用者が求める情報への迅速で的確なアクセスまたは案内をできるようすること、2)利用者がどこにいても、来館者と同様のサービスが受けられるように努めること、などが表明されている。さらに、国立国会図書館の認知度を高めるために社会に多様で魅力的なサービスを提供し、国内外の各図書館とより密接な連携・協力を進めるとある*4。冊子に始まり、E-mailからポータルサイトへ、よりアクセスし易いサービスへと進化してきたカレントアウェアネスの事例は、インターネットを活用しその認知度を高めた好例といえる*5

重ねて公共図書館の事例をみてみよう。2007年にリニューアルされた千代田区立図書館は、コンシェルジュの設置が話題を呼んだが、2008年からはネット上で電子書籍の貸出を行うサービス「千代田Web図書館」を開始した。「千代田Web図書館」は、通常の書籍と同様に契約ライセンス数のみを貸出でき、2週間たったら自動返却される仕組みである。コンテンツ数は約3千タイトルあるが、利用は千代田区民に限定されている。同サービスはウェブサイトを通じた書籍の貸出という新たな地平を開いた。

かたや大学図書館では、国公立の大学を中心に「機関リポジトリ」の設置が定着しつつある。機関リポジトリは大学とその構成員が創造したデジタル資料の管理や発信を行うために、大学がそのコミュニティの構成員に提供する一連のサービスであり、主に査読前の論考や講義ノートなどの文献情報を所収している。試験公開中も含め現在111機関(大学以外も含む)が設置しているが、芸術系大学においてはリポジトリ構築の事例は少ないので本稿においては深く立ち入ることはせず、ブログ、ポータルサイトに注目する。大学によるブログ、ポータルサイトの運営は、情報の速報性とコンテンツの柔軟性において既存の図書館にはない利点がある。京都精華大学情報館が2007年秋より運営している、ブログ「from KYOTO」は、他のポータルに比して図書館の役割を明確に捉えているといえる事例である*6

情報館のブログ「from KYOTO」において、情報は、1)アート、2)本、3)映画、4)音楽、5)その他、に分類されているが、同ブログが他の情報ブログと異なる点は、情報館の新着図書の紹介が行われている点である。ブログ内で紹介された本が収蔵されている場合は同館における収蔵番号が記載され、新着図書に対する解題として機能している。ブラウザ上では、2)本の項目が、展覧会や音楽といった別の情報と並記されることになり、書籍に興味を持つ人以外も広く利用されている。逆に言えば、これは他の興味関心から書籍への関心を喚起させる一つの仕掛けになり得る。これは図書館が運営母体であるブログならではのサービスといえる。2009年6月にリニューアルされた際には、情報館のホームページに現在改装中の学内ギャラリー「ギャラリー・フロール」所蔵品検索の機能が追加され、学内ギャラリーとの連動が見られる。

大学内で多数のブログが運営されるようになった今日では、ブログ等で頻繁に配信される情報をいかに視覚化するか、という点が課題となっている。東北芸術工科大学の「BLOG CENTER」、京都精華大学の「seika bookmark」がそれにあたる事例である*7。これらのサービスは情報の蓄積がなされるわけではないため、ブログのアーカイブ化というよりはポータル化の事例と捉えられるが、ブログコンテンツのアーカイブ化の可能性を感じさせる。いずれにせよ情報は集積整理されることでその伝達力が高まることは周知の事実であり、各専攻やコース、あるいは講義単位で立ち上がるブログとそのコンテンツを統合的に見せる仕掛けとしては注目に値する。

最後に、芸術系大学が運営する情報アーカイブとして特徴的な事例として、京都嵯峨芸術大学がウェブ上で開講している「デッサン講座」を参照しよう*8

インターネットを介した「デッサン講座」は、ウェブで投稿されたデッサンを教員が講評、その結果を公開するものである。入門コース、実践コース、展開コースと難易度が分かれており、自身のレベルに合わせて選択できるようになっている。掲載されているコメントを読むと大学受験希望者のみならず、一般からの投稿も寄せられていることがわかる*9。大学のウェブサイトとしては他に例のない取り組みであり、Web2.0と呼ばれる双方向的なソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を大学が実現した事例と捉えられる。

以上見てきたように、ポータルサイトやブログの運営、ウェブ上での電子書籍の貸出、オンライン講座の開講など、インターネット上では多彩な取り組みがなされている。

1-2 ギャラリー

美術館と図書館が複合化され、収蔵品の展示空間を有する武蔵野美術大学美術資料図書館は本と美術資料の近しい関係を模索した先駆的事例であるが、近年、図書館内にギャラリーを整備する機関は珍しいことではない。この背景には情報公開の機運が大学においても醸成されたことと無関係ではなかろうが、本稿の眼目は今日の図書館の情報発信形態の多様さを概観することにあるため、ここでその問題には立ち入らない。メディアの一つの形である展示機能を確認するべく、近年ギャラリー機能が与えられた明治大学生田図書館と多摩美術大学八王子図書館の事例に焦点を当てよう。

明治大学生田図書館内に設置されたGallery ZEROはデジタルコンテンツの展示を意識して設置されたギャラリーである*10。2008年4月、理工学部に新設の「新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系」が設置されたことが同ギャラリー開設の機会となった。ディジタルコンテンツ系は、理系・文系・芸術系に関わらずコンテンツの制作・編集技術とそれを支える教養と批評力を学習することを目的としている専攻であるため、制作物の展示場所が必要となった。当初の利用案内をみると、利用資格は明治大学の専任教職員か、専任教員が利用責任者となる研究団体・グループに限定されており、学生サークル団体への貸出は許可されていないことから、研究発表の場と位置づけられていることがわかる。

一方、多摩美術大学八王子図書館は、2007年7月に伊東豊雄設計による新図書館である。同図書館は、通常の図書館にはない機能を有し、それぞれに特徴があるが、紙幅の関係もあるので、ここではギャラリーについて述べるに留めたい。「アーケードギャラリー」と呼ばれる通路を兼ねた展示空間は、フレキシブルな空間利用に特徴がある。同図書館のコンセプトを示す『つくる図書館をつくる-伊東豊雄と多摩美術大学の実験』を参照すると次のように説明されている。

「アーケードギャラリー」は街の広場、バザール。だれでも自由にアクセスでき、そこで情報を集め、情報交換できるインフォメーションとコミュニケーションの空間である。「ギャラリー」として展覧会、「ホール」として講演会やシンポジウムが、あるいは夕方から映画会が開催されたりする。さまざまなイベントが行われる公共空間である。*11

ここで意図されているように、同空間は単に展示のためのギャラリーではなく、演劇や上映会等の各種行事での用途があらかじめに考慮されている。

明治大学生田図書館と多摩美術大学八王子図書館、この2校のギャラリーは、その規模も目的も異なるものであるが、図書館というメディアが図書資料以外においても果たすべき役割を持ち合わせているという点で一致しているといえよう。

1-3 コレクション

前述のギャラリーにおける展示と密に関わるのがコレクションの形成である。とりわけ芸術系大学の図書館に特徴的な要素が、図書資料の外部展覧会への貸出と図書資料以外のコレクションの形成であろう。稀覯本の収集および学内での展示は他の大学図書館においても散見されるが、展覧会等外部での展示は希なケースである。この分野で抜きんでているのは、武蔵野美術大学美術資料図書館である。武蔵野美術大学美術資料図書館は国内有数の近代デザインに関するコレクションを有し、グラフィックデザインの代表としてポスター資料約30000点、プロダクトデザインの代表としての椅子のコレクション約350脚を誇る。それらは学内外の展覧会に出展されるのみならず、教材として授業等で活用されている。

2008年4月から東京藝術大学大学美術館、浜松市美術館、新潟市新津美術館、宇都宮美術館を約1年かけて巡回した「バウハウス・デッサウ展」の参考資料として武蔵野美術大学美術資料図書館の所蔵資料が貸し出されている。また、より大規模な例では、2008年12月~3月に国立国際美術館で行われ、その後武蔵野美術大学美術資料図書館に巡回した「新国誠一の《具体詩》-詩と美術のあいだに」展は、展示の多くが武蔵野美術大学美術資料図書館の資料である。稀覯本を保有しているという点も大きいが、装幀がきちんと保管されていることも展示に活用できる大きな利点であろう。同館のコレクションは海外の展覧会に対する貸出実績もある*12

武蔵野美術大学美術資料図書館以外で、この種の活動が見られるのは京都工芸繊維大学のポスターコレクションである。

1-4 刊行物

自館で発行する広報物も無視できないメディアである。ここでは武蔵野美術大学美術資料図書館および京都精華大学情報館の事例を参照する。

前述の武蔵野美術大学美術資料図書館では、現在、藤本壮介設計の新棟の建設計画が進んでいるが、同館では新棟計画と軌を一にするように情報誌『KALEO』を刊行してきた。やや長いが、第1号目に記されている刊行目的を参照しておこう。

本学に学ぶ学生たちの<情報生活>をテーマに、多様な<情報>の提供により学生を中心とした利用者とのコミュニケーションの場として、また美術資料図書館との身近で便利な情報メディアにしたいと考えています。

現代のコンピュータを中心とした情報化社会において、大学図書館の不要論が聞かれる向きもありますが本学の学生の図書館利用率は年々増加しています。そのような学生達の情報生活にとって、美術資料図書館がこれまで以上に活用されることを願っています。*13

ここにみられるように当初は図書館の利用促進といった意味合いも持っていたが、第3号目からは「新棟計画をともに考える」という内容へと変化がみられる。誌面のデザインは美術資料図書館職員と学生の共同作業という形態をとっており、作成前には学生有志を募っている。したがって広報誌の発行という単純な事実以上に、その作成過程を通じて学生に図書館への関心を喚起することに繋がっている。言うなれば、「誌面づくり」というワークショップによる認知度の高め方と位置づけられるだろう。2008年4月からはウェブサイト版も立ち上げられ、新棟建築の様子を広く公開する体制が整っている*14

さて、もう一方の事例は京都精華大学情報館の『KINO』である。『KINO』は京都精華大学が「新しいワンテーママガジン」を掲げて2006年に創刊した情報誌であり、現在第7号まで刊行されている。そもそも京都精華大学には、開学以来30年間発行し続けてきた評論誌『木野評論』があったが、それを引き継ぐ形での刊行である。これまでのように、学内外の識者による評論が主ではなく、マンガやアニメ、あるいは時代劇などテーマに沿った特集によって構成されている。学長の島本浣が創刊号に寄せているように、『木野評論』から『KINO』への変化は、大学の社会的貢献という気運の高まりに対する京都精華大学なりの回答と受け取れよう*15。個々の大学の特色を生かした情報誌の提供、それもまた社会的な認知度を高める一つの方策である。

以上、本章においては4つの項目を設定し、各機関の取り組みを概観してきた。各項目の参照事例において確認したように、情報発信の形態は設定した項目の中においても、それぞれに多様さが認められる。また実際には各項目が単独で運用されることは少なく、刊行物とウェブサイト、コレクションとギャラリーといった具合に情報発信は複合的な形態を取ることが一般的である。さらに『カレントアウェアネス』や『KALEO』のように冊子からウェブサイトへと発展する場合も多い。

    

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桂英史「図書館建築のデザイン思想」(『図書館雑誌』第102巻第6号、日本図書館協会、2008年)、371頁。
「国立国会図書館60周年を迎えるに当たってのビジョン」については、次のサイトを参照のこと。http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/vision_60th.html(最終アクセス日:2009年7月25日)
カレントアウェアネスの情報発信形態の変化については下記リンクを参照のこと。http://current.ndl.go.jp/ca_no300_history(最終アクセス日:2009年7月25日)
http://johokan.kyoto-seika.ac.jp/modules/fromkyoto/index.php (最終アクセス日:2009年7月25日)
東北芸術工科大学「BOLG CENTER」http://www.tuad.ac.jp/blogcenter/ (最終アクセス日:2009年7月25日)、京都精華大学「seika bookmark」 http://www.kyoto-seika.ac.jp/bookmark/(最終アクセス日:2009年7月25日)
http://www.e-dessin.com/(最終アクセス日:2009年7月25日)
投稿作品のコメントに「高校時代(47年前)の授業で、選択でデッサンをとって以来の挑戦でした」と記されている。http://www.e-dessin.com/subject/59529072/140/(最終アクセス日:2009年7月25日)
http://www.lib.meiji.ac.jp/news/detail/news_disp00000573.html(最終アクセス日:2009年7月25日)
鈴木明・港千尋・多摩美術大学図書館ブックプロジェクト『つくる図書館をつくる-伊東豊雄と多摩美術大学の実験』多摩美術大学、2007年、154頁。
同館が所蔵するエル・リシツキー関連資料が、2003年に韓国国立現代美術館へと貸し出されている。
『KALEO』第1号、武蔵野美術大学美術資料図書館、2004年、1頁。
http://www.web-kaleo.com/(最終アクセス日:2009年7月25日)
島本浣「『KINO』創刊によせて」(『KINO』第1号、京都精華大学情報館、2006年、182頁。)