北欧の国々は、子供との同居習慣がなく、独居高齢者の在宅生活を充実した補助機器(Technical Aids)給付制度と地域ケアシステムで支えている*4 *5。身体的な障害に対しても従来から先進的な取り組みが紹介されてきたが、スウェーデンでは新しい試みとして認知症者に対する補助機器開発が進められているとの情報を得たので、先進事例調査を行った。
調査対象は、(1)ローゼンダルスガーデンの特別養護老人ホーム、(2)カロリンスカ大学病院作業療法部門、(3)王立工科大学健康工学科、(4)クララ・メラ高次脳機能障害対象テクニカルエイドセンター、および(5)ダデリッズ病院作業療法科@HOME訓練センターの5か所であり、これらは、王立工科大学健康工学科のステファン教授のアレンジである。
3-1 調査結果
3-1-1 ローゼンダルスガーデン特別養護老人ホーム
スウェーデンは施設解体に取り組んでおり、特別養護老人ホームの多くはサービス付き住宅へと変化している中で、ここはユニークな存在とのことだった。閑静な住宅街の中に位置し、認知症を含む59名が入所している(図3)。介護スタッフを呼び出すアラームシステム以外にIT技術は導入されていず、天井走行型リフターや床走行型のリフターなど介護者の身体負担を軽減する目的のテクニカルエイドがある程度であった。各居室には小さなキッチンが設けられており、面会に来た家族に使用されているようである。アラームシステムは、廊下や居室の入り口などの各所に表示器を備え、どの居室からの呼び出しかを表示し、近くのスタッフが駆け付けることができるようになっていた(図4)。各居室にはリフターやベッドなどの操作方法や、基本的な介護方法などがイラストレーションでガイドされていたが、スタッフの国籍が多様であることと、夏の長期休暇の際には学生がアルバイトで働くことに配慮したためとのことである(図5)。
認知症男性の居室にはダイアル式の電話機が置いてあった。プッシュボタン式は使えないが、ダイアル式電話機だとメモにある子供の家に電話をかけることができるということであり、昔に記憶した操作方法は認知症になっても残っているという例である(図6)。
3-1-2 カロリンスカ大学病院作業療法部門
カロリンスカ大学はスウェーデンで最高の医学系大学であり、その付属病院はきわめて大規模で一つの町としての機能を有している。各診療ユニット名がストリートの名前として廊下に掲示されている。
作業療法部門の中にはテクニカルエイドをストックし、患者のニーズに応じて組み立てたり調整したりして入院期間中院内で使用できるようにサービスされている。日常生活動作(Activity of Daily Living : ADL)訓練室には浴室や台所が設置されており、身体に障害のある患者に対して訓練が実施されてきているが、最近は認知症者も対象に含まれるようになってきている(図7,8)。スウェーデン人の生活にはコーヒーが不可欠であり、コーヒーメーカーを使いこなせることが重要な訓練目的であるとのことだった。訓練室のキッチンには電気ヒーター部分に30分タイマー(キッチンストーブタイマー)が備えられており、消し忘れによる過熱を防ぐ工夫が見られた(図9)。
新しい試みとして、認知症や高次脳機能障害に配慮したテクニカルエイドの収集が始められていた。タイマー付きのピルケースや、写真を入れた大きなボタンを押すだけでダイアルできる電話機、大きな表示のカレンダー時計、機能を絞ったテレビ用リモコン、1日のスケジュールを知らせてくれるタイムエイド、特別なソフトを組み込んだ携帯情報端末などが実物やカタログで収集されており、入院患者や家族、介護スタッフなどへの相談体制が整備中であった(図10-12)。
3-1-3 王立工科大学健康科学部
王立工科大学はスウェーデン最大規模の工科系大学であり、健康科学部は工学と医学の境界領域を研究する学部であり、建設学科、電子工学とロボット工学、革新的デザイン、医用工学、コンピュータ・ネットワークの各学科から構成されている。今回の調査先をアレンジしてくれたステファン教授は電子工学が専門であるが、建設学科の建物の一部を改装し、実験住宅を建設していた(図13)。この実験住宅は中央の観察・記録を行う実験室を挟む形で、単身用住居と二人用住居が配置されている。それぞれの住宅は寝室、キッチン、ダイニング、リビング、バスルームを備える完全な住宅として作られている(図14)。両住宅の壁面や天井面には多数のカメラやセンサが埋め込まれ、中央の実験室に配線されている。彼は、この住宅において認知症者を短期間居住させ、日常生活の様々な行為を観察し、認知症者の行動特性を把握することを目的としている。教室とは扉で区画はされているが、同じフロアであり、大学構内において居住実験を行うということは前例のないことであり、抵抗は大きいようであった。2008年末完成予定であり、2009年には居住実験に着手する予定とのことであった。
3-1-4 クララメラ・高次脳機能障害対応テクニカルエイドセンター
ローゼンルンド病院の敷地内にあるが、病院とは独立して運営されている。認知症に限らず、学習障害や自閉症など認知機能に障害のある在宅者を対象に、自立を支援するテクニカルエイドを収集展示し、相談と試用をサービスしている。
ここにはハイテク機器だけでなく、絵カードやピクトグラムなどのローテクも同時に展示されていた(図16)。タイムエイドは1日24時間分の時間の流れを15分毎に消えていくLEDの下向きの流れで表現したもので、砂時計の砂の動きをシンボライズさせている(図17)。この時間の流れの横にイラストを貼り、何をする時刻になったのかを知らせることができる。同様に行うべき行為の流れ(順番)を絵カードで提示する工夫も展示されていた。また、大きな押しボタンスイッチのリモコンや電話機、カレンダー時計などの実物が多数展示されていた(図18)。
今回の調査の主目的であるテンタクルスもデモンストレーションができる状態で設置されていた。
3-1-5 テンタクルス
テンタクルスはテンタクルス社の製品であり、記憶障害のある人を対象に、スケジュール通りに各種行為を促し、自立生活を支援するシステムである。ノートパソコンで制御されており、ベッドや戸棚、ドア、窓、電気製品などに設置したセンサからの信号と予定表のデータから時間軸上の行為の可否が判断され、音声や携帯電話へのメールなど個人のライフスタイルに応じた手段でメッセージが提供される。
テンタクルスは生活行為別に構成されるサブシステムの集合体として提供されており、使用者個々のライフスタイルや能力に応じて、またそれらの変化に応じて自由にプログラムできることが特徴である。このプログラムの改変はインターネットを介して外部から行うこともできる。
テンタクルスの動作は、例えば、起床時刻になると音楽と音声で起床を促し、ベッドセンサーからの信号で起床したことを検出する。起床後は洗顔と更衣、朝食といった一連の行為を促す。外出時には、玄関に設置された外出ボタンを押すと、住宅内のドアや窓の施錠状態がチェックされ、開いていれば施錠が促される。電気錠を用いて自動的に施錠することは技術的には可能だが、促すだけで本人に注意を喚起し、本人が行動を行うことで認知症の進行を遅らせる意図がある。引き続き、鍵、財布、携帯電話といった持ち物のチェックが促され、持ち物を一つずつ確認したうえで外出することになる。
投薬は、薬箱に装備されたセンサからの信号と時計が照合され、薬を飲むのに適した時刻かどうかにより、制止されたり、促されたりする。
クララメラには外出支援システム(図19)とシャワー支援システム(図20)が装備されていた。シャワー支援システムは、長時間シャワーを浴び続ける行動を正すためのもので、時間の経過とともに次の行動への移行を音声と電照付きのイラストで促すものである。電照付きのイラスト表示器はテンタクルスの特徴をなすもので、行動や項目単位毎に並べて配置され、内蔵された押しボタンスイッチで利用者がテンタクルスへ了解したことを伝達することもできる。
3-1-6 ダンデリッズ病院作業療法科@HOME訓練センター
ストックホルム市の北に隣接するダンデリッズ郡にある県立病院の作業療法科に属する@HOME訓練センターは、記憶障害など認知機能に障害を有する在宅者のための通所訓練施設である。この訓練センターは病院の建物の中に住宅の形で作り込まれているが、当初は車いす使用者などの在宅生活訓練を目的としてEUプロジェクトの資金で計画されたが、現在は認知機能への対応に用途を変更している(図21)。利用者は月曜から金曜の日中、自宅から通所にて訓練を受けている。訪問時に訓練を受けていた40歳代の男性は、短期記憶の障害があり、20数分後には記憶が消失する症状であり、ボイスメモを使用していた。
この訓練センターを担当している作業療法士は記憶障害者に対応したテクニカルエイドの開発にも携わっており、大きな電照入りのボタンスイッチに相手の写真などを入れることができる簡単な操作方法の電話機の試作品も備え付けられていた(図22)。
玄関やバスルームには、テンタクルスと同様に注意を促すシステムが設置されていた。液晶表示器に順次テキストが表示され、同時に音声ガイダンスが流れ、利用者の確認が必要な玄関の場合は大きなロッカースイッチが並置されていた(図23)。テンタクルスとの違いは、イラストで表示するか、文字で表示をするのかという点と、一つの表示器で順次表示内容が変化するか、点灯する表示器が項目数だけ並ぶかという点のように見られた。
作業療法士の話では、洗濯乾燥機は衣類を洗濯機に投入した時点と、乾燥までのプロセスが完了した時点の見え方に差異が少ないため、繰り返し洗濯機を作動させてしまいやすいとのことだった。洗濯機と乾燥機が別であれば、洗濯終了後には濡れた衣類が見えるため、判断が容易となるということである(図24)。
この訓練センターは日中しか利用できないため、自宅での生活状態を作業療法士が把握できるように3次元加速度センサを組み込んだ腕時計型のデータロガーを装着させて帰宅させている。このデータを見れば、患者の夜間や休日の活動度を把握することができ、夜間の起床回数や睡眠の様子を推測できる(図25)。