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8.あとがき

本研究は、瀬戸内沿海文化の実態とその歴史的変遷を、「環境デザイン」研究の視点から、「沿海景観」「土地利用」について文献調査・現地調査を行い、シーボルト達が江戸時代に評価し記録した地域の固有価値を再評価することを目的とした。瀬戸内沿海域の固有価値を見出すには、「陸から海を見る」だけでなく、「海から陸・海を見る」という、日本人に長きに渡って忘れられてきた瀬戸内海風景の本来の見方を、再価値化する必要があった。

その際、本来の瀬戸内海風景を現わす指針として用いたのが、シーボルトをはじめとするケンペルやリヒトホーフェン、朝鮮通信使らが文章や図版で残した200年近く前の瀬戸内海風景に関する記録である。それらは、穏やかな海に点在する島々とその前に浮かぶ漁船、素朴な人々の営みといった、現代の私達の目に懐かしさを抱かせる瀬戸内海風景と、時間を越えて重なり、我々に時を忘れさせてくれる。

しかし、同時に負の変化もあった。今回はその詳細を調査することはできなかったが、それは、瀬戸内海に関われば避けて通れない課題である。例えば、車中心の現代社会が引き起こしたともいえる風景の均質化である。陸側からの海への侵食―海岸道路・橋・埋立地・工場の建設等による、無機質な沿岸風景が生まれ、遠くから場所の固有性を把握するための目標物が消失し、遠景から中景、近景までの風景の連続性が消えた。陸と陸をただ繋ぐだけの風景の中に溶け込めないいくつかの橋の存在や、過疎化とあいまって、人々の閉じこもった生活から来る町の活気のない風景。これらが、現在の瀬戸内沿海域の風景の貧しさとなって私達の前に現れている。

一方、瀬戸内海には、独特の潮の流れと朝・昼・晩の光の変化がある。私達が瀬戸内海を航行するときに感じた「時を忘れる風景」とは、19tの小型船と瀬戸内海を知り尽くした船長にまかせて、この潮の流れに乗っていたからこそ感じられたものであろう。潮の流れや時の流れと人々の記憶の知が相まって、初めて瀬戸内海風景が連続するといえる。

[研究協力者]

東惠子(東海大学開発工学部教授)

伊藤延男(神戸芸術工科大学名誉教授)

後藤元一(前・札幌高等専門学校教授)

南奈緒子(アトリエ74研究員)

波多野章子(住宅建築編集部)

小泉淳子(住宅建築編集部)

<神戸芸術工科大学 学生>

任亜鵬

王曄

李文静

劉

岩田谷由香

佐伯法積

北野悦子

白沢拓也

樋口友香

藤田慎一郎

森川悦子

注・引用文献

*1―
本研究で利用するシーボルトの瀬戸内海に関する著書は次の7冊である。 1)フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト 中井晶夫他訳:日本 第1~3巻、図録第1~2巻:雄松堂出版:1977~1978 2)ジーボルト 斎藤信訳:江戸参府紀行:平凡社:1967 3)シーボルト 石山禎一他訳:シーボルト日記:八坂書房:2005
*2―
本研究で利用するケンペルの瀬戸内海に関する著書は次の3冊である。 1)ケンペル 斎藤信訳:江戸参府旅行日記:平凡社:1977 2) エンゲルベルト・ケンペル 今井正訳:日本誌 上・下:霞ヶ関出版:1989
*3―
本研究で利用する朝鮮通信使の瀬戸内海に関する著書は次の1冊である。 1)申維翰 姜在彦訳:海游録:平凡社:1974
*4―
本研究で利用するリヒトホーフェンの瀬戸内海に関する著書は次の2冊である。 1)リヒトホーフェン 海老原正雄訳:支那旅行日記 上・下巻:慶応出版社:1943
*5―
本研究で参考にする宮本常一の瀬戸内海に関する著書は次の5冊である。 1)宮本常一:瀬戸内海の研究:未来社:1965 2)宮本常一:私の日本地図 4、6、9、12:同友館:1968~1973
*6―
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト 中井晶夫他訳:日本 第2巻:雄松堂出版:1978
*7―
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト 中井晶夫他訳:日本 第3巻:雄松堂出版:1978
*8―
シーボルト 石山禎一他訳:シーボルト日記:八坂書房:2005
*9―
エンゲルベルト・ケンペル 今井正訳:日本誌 下:霞ヶ関出版: 1989
*10―
申維翰 姜在彦訳:海游録:平凡社:1974
*11―
リヒトホーフェン 海老原正雄訳:支那旅行日記 上巻:慶応出版社:1943

[参考文献]

フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト 中井晶夫他訳:日本 図録第2巻:雄松堂出版:1978


 

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