Study of the Reading Space in Libraries―Strategy for the 'Browsing' Environment for a Flexible Access to the Contemporary Library Archives.
1-1 研究の背景と目的
ブラウジングとは、図書館における書物の自由な読書/閲覧方法であり、古くからある概念である。しかしながら、近代・現代図書館の計画においては、主に休息や休憩のための空間を指し示すにとどまり、原義を矮小化して扱われている。ところが、同じ語「ブラウジング/ブラウザ」は、インターネットにおけるウェブアーカイブの基本的な閲覧環境(インターネットを通じたデジタルアーカイブ利用や閲覧画面)や利用方法として、一般に定着している。多様な資料へのアクセシビリティ(自由な閲覧)というブラウジングの語のもっていた重要な概念は、実体としての図書館ではなく、近年の情報技術において実現された新しいアーカイブの環境のなかで実践され、活用されているのである。
現代の図書館は、従来からの図書(書籍)の閲覧に加えて、ウェブアーカイブの閲覧や検索などに対応した閲覧環境を備える必要が求められているが、そのことについて明確な戦略をいまだに持ち得てない。この現象は、AV資料(VHSやCD、DVDパッケージ型)がアーカイブに追加された当時の状況とは異なっており、単なる機器の付加や機能更新では対応することは出来得ない。
逆に、ウェブアーカイブは、現在まで構築された書籍のアーカイブ(リアルな本とそのアーカイブ)をそのなかに吸収して、全体をひとつのフォーマットで扱うプラットフォームとなりつつある。そのことは、リアルな本を収蔵してきた図書館は、すでにウェブアーカイブの中にほぼ取り込まれていると見ることもできる。しかしながら、本研究では、リアルな図書館の意味がなくなったと結論付けるのではない。アクセスするアーカイブがリアル/デジタルに関わらず、利用者によって経験される実体としての閲覧環境は、依然として重要な意味をもっていると考えるからである。
本研究では、もともと図書館において生み出された「ブラウジング」の概念に注目し再考する。ブラウジングという概念が生れた発生まで遡り、自由な読書/閲覧というインタラクション(しつらいとふるまい)への希求とその実践を辿ることで、現代の輻輳したアーカイブの閲覧を見直そうとする。その上で図書館の環境整備の核にブラウジング概念を据えることが必要であるとする。同時に、新しい情報環境の中で形成されてきた、多様な資料を横断して閲覧するスタイル「ブラウジング/ブラウザ」の知見を取り入れることによって、旧来からの図書館における図書アーカイブの閲覧方法を見直し、新しい「ブラウジング」環境整備の手法を明らかにする。
1-1-1 図書館を包囲するデジタルアーカイブ…情報技術の発達とアーカイブ
情報技術の発達は図書館のあり方にも大きな影響を与えている。それは大きくふたつにわけて見ることができる。ひとつは図書館が収蔵するアーカイブ(資料)そのものの形態や様式の変化であり、もうひとつはアーカイブへのアクセス(利用、検索/閲覧)、つまり資料の閲覧や検索方法の変化である。本研究が対象とするのは後者、アーカイブへのアクセスである。
図書館アーカイブへのアクセスの代表的な方法「検索システム」は近年大きな変化を遂げている。それまでの「カード検索」に変わって、電子的ネットワーク化されたシステムOPAC(*1)がある。それは1970年代に導入され、以降大学図書館だけではなく公共図書館にも普及定着し、さらにインターネットにつながることで利用の範囲を広げている。
さらに近年では、グーグル(Google)などに代表されるウェブ「検索エンジン」やアマゾンなど「ウェブ書店」を初めとする、図書館外部にある民間組織が独自に開発した検索システムとサービスが普及している。さらに絶版本も含む(流通する流通しないに係わらず)現存する書籍の全文検索サービスを、インターネットで一般に提供する試みが始まっている(*2)。
このような情報技術に基づいた、公開アーカイブへのアクセスのユーザビリティ(使い勝手)は、不特定な利用者のさまざまな利用形態にさらされることによって、さらにあらたな価値と高度な利用法を開発(*3)し続けている。
たとえば、写真(画像)アーカイブ、Flickr(*4)などは、一般利用者に無料公開され、双方向性によってデータの閲覧登録が可能であり、さらに関連情報を付け加えることができ、その内容は日々更新されるに至っている。また、「ウィキ(Wiki)」(*5)などの方法論は「フォークソノミー」という双方向的なアーカイブ利用の概念を定着させている。これらはweb2.0(*6)と総称されるネットワーク型アーカイブ環境として捉え、研究と開発が進められている。
このようにウェブアーカイブへのアクセスの新しいプラットフォームが、一般利用者によって何のストレスもなく利用(原義におけるブラウジング)されるようになった現在、図書館すなわち実体的な資料を占有してきたアーカイブのプラットフォームが揺らぎ始めている。さらに図書館は、自らが抱えるリアルなアーカイブ(つまり蔵書)すらその利用や公開を独占したり制限したりすることができなくなっていることも事実である。
このような状況に対して、国立国会図書館は、資料の利用と保存の両立を図ることを目的に、所蔵資料の媒体変換を実施、従来はマイクロフィルムやマイクロフィッシュでの撮影を中心としてきたが、2009年度以降は原則としてデジタル化することを決めている(*7)。
しかし、本論ではこのような現代のアーカイブの環境に対応しうる閲覧や検索方法を、新しい情報技術の環境の中からはなく、従来の図書館にあったブラウジングという概念をこのようなウェブアーカイブなどの環境や利用と対照して、見直すことから指し示していこうとするものである。
1-2 研究の方法
本研究では、第1章において、ブラウジングの語源をさぐる。ブラウジングという語がどのような背景において図書館の閲覧を示すことになったか、さらにその語が普及するうちにどのように変質していったかについて、文献および既往研究から考察する。
第2章2-1においては、ブラウジングの概念を探る。ブラウジングの原義に基づいて、図書館の歴史を遡り、かつてそこにあった自由な閲覧のインタラクション(しつらいとふるまい)を探し出し、現代の図書館やウェブアーカイブの閲覧に適用可能な構造を見いだしていく。2-2においては、ブラウジングの用例を調査する。ブラウジングと銘打たれた空間が、図書館のなかで実際にどのように機能しているかを、現代の図書館の実例から考察する。現地調査や関係者へのヒアリングや図面など資料調査などに基づいている。
第3章においては、新しいブラウジング環境と整備手法を概観する。ウェブにおける新しいブラウジング(検索閲覧)の試み(web2.0)を考察し、現代の図書館のいくつかの例に現れた自由な閲覧のインタラクションデザインの戦略と手法に、ウェブアーカイブ利用に基づくブラウジング概念との共通性を見いだし、その可能性を考察していく。
第4章においては、結論として、ブラウジングの概念にいまいちど検討を加えて、新しい図書館閲覧環境整備の要素を明らかにし、手法として提示する。
1-2-1 古くさい図書館の概念「ブラウジング」はウェブでは最新技術とデザインが投入される場である
本研究が対象とする「ブラウジング」は、もともと読書/閲覧の方法を示していた。ブラウジングは、戦後わが国の公共図書館において、おもに雑誌閲覧スペースに冠されてきた、いささか陳腐化した名称でしかない。しかしながら、同じ語はインターネット利用において、すべての行為、すべてのサービスが始まる前提となる、コンピュータ「画面」を指し示す。
「ブラウジング/Browsing」という行為が発生する、ヴァーチャルな空間「ブラウザ/Browser」という二次元の画面こそは、比喩的にいえばウェブにおける図書館のすべて、より正確にいえばインターネットにおけるすべてのアーカイブ利用と活用(閲覧検索)を担保する環境であり、重要な概念である。そのデザインとアクセシビリティ(使いやすさ)は、情報技術の発達と利用者の活用によって日々更新されている。
現代の図書館利用者は、インターネットにおけるアーカイブの閲覧検索(資料へのアクセス)を経験し、すでに日常的な行動として身につけている(*8)。この利用の否定的な例では、大学生が論文執筆において、ウィキペディアやその他ウェブサイトに掲載された論文を借用すること(コピーアンドペーストというリテラシー)があげられよう。このような実態を見て、インターネットにおけるブラウジングが図書館におけるブラウジングより手軽で便利だから、図書館離れ本離れを助長するというような論調(*9)が見られる。これは実体的な図書館とウェブアーカイブを二律背反するものと捉える見方である。そうではなく、多様な資料へのアクセスを前提とする閲覧(ブラウジング)という方法、すなわちリアルな資料の閲覧とウェブアーカイブ閲覧の並立を前提とした閲覧リテラシーを確立することが重要であり、図書館はそのリテラシーを主体的に利用者に啓蒙教育していく必要性があるのではないかと考える。
図書館における多様な資料への自由な閲覧環境、閲覧スタイルとしてウェブ利用も含めた「ブラウジング」を再定義することから、新たな情報リテラシーを構築することが求められている。
1-2-2 ブラウジングの考古学
本研究、第2章においては、「読書と閲覧の考古学」として古代に始まる図書館と書籍の歴史を文献から考察する。印刷術が発明される以前の写本や、中世の図書館に備えられた鎖付き書棚と閲覧スタイルに、現代的な「ブラウジング」の環境や利用法の原点を発見した。さらに遡った時代の読書が、現代と比べてはるかに自由で多様なインタラクション(しつらいとふるまい)があったことを読み取る。
「ブラウジング」は、近年の情報技術の所産と考えがちだが、そうではない。図書館の成立とさらに書籍の「閲覧」にまで遡る、古くからある「読書」の基本的なスタイル(様式)なのである。現代の情報リテラシーも、このような「ブラウジング」の歴史的文化的な所産に基づいている。そのことをふまえない限り、昨今の図書館環境に見られる混乱、たとえばコンピュータ端末やAV機器と従来からの書籍閲覧の共存・併置などに伴う図書館環境の混乱を克服することはできないと考える。
「考古学」という分析の方法は、フランスの哲学者ミシェル・フーコーの「アルケオロジー」(*10)に基づく。これは表層的なテキスト(文献・資料)や現象の深層にある「無意識的な構造・意味」を掘り出して研究調査を行うことを意味する。この方法論を用いることで、目前にある本や読書と一体化した常識を疑い、その地層(古層)から本来の意味を見いだすことが可能となる。この方法によってこそ古代の読書閲覧環境と、現代のウェブブラウジングに共通性と意味を発見することが可能となる。
1-3 ブラウジングとは…語源と用法についての考察(文献、既往研究調査)
図書館に限らず、一般に用いられている「ブラウジング」の語源は、英語の「browse」にある。
「動詞(自動詞)1(本などを)拾い読みするthrough;(本屋で本を)立ち読みする;(商品や陳列品を)ゆっくり見て回る.2『電算』資料を探索する.3(家畜が)草をはむ、新芽を食う(on).(他動詞)―〈インターネットなど〉を探索[閲覧]する:(名詞)普通はa~」拾い読み、立ち読み(thorough).」(*11)
もともと図書館とは関係のなかったブラウジングという語を、図書館における閲覧の概念に用いたのは、ロンドンに貸出し式図書館を創設したトーマス・カーライル(英国の文筆家、1795~1881)であるといわれている。
「to browse(語義は若芽を食べる)とは、ほぼ[のんびりと本屋あさりをする]の意味である。この言葉を用いたのは、トーマス・カーライルで、彼は本を捜している読者の姿を、新芽を食みながら垣根に沿って歩く羊になぞらえている」(*12)
研究者や専門家などによる、かつての閲覧(Reading)のスタイルに替わって、一般に開放された図書館における自由奔放な読書のスタイルから、カーライルはこの語を連想したのだと思われる。
現代の図書館は、社会基盤としての公共施設として位置づけられ、広く市民の利用者に開かれている。わが国においても、かつて独立して読書に特化した空間として確保されていた閲覧室や読書室(Reading Room)は、戦後の公共図書館の拡大普及期に姿を消していく。図書館はアーカイブを施設内で閲覧読書に供するよりも、貸出し中心のサービスに重点が置かれた。図書館で本を熟読しない利用者(家で読む)に向けた計画から、図書館における読書に特化した部屋は次第に影を薄めていった。
このような図書館のサービス変化と閲覧環境の変化にとどまらず、現代では、さらに本を読むことすなわち読書という行為と意味が変化している。それは、本/読書という概念と行為が、相対化されてきているといえる。
ウェブアーカイブに代表される情報技術の発達とそれを受け入れたわれわれの生活では、文章を読むこと(閲覧)、資料を検索することは、必ずしも本/読書という行為に結びつくとは限らなくなっている。
このように本と読書の関係が揺らぎを見せる中で、「ブラウジング」という19世紀に始まるルーズな閲覧法が新しい意味や効果を生み出しつつある。それは最近計画された、いくつかの図書館で意識的な環境構成の手法の中に現れているし、他方では、われわれの日常生活の中における情報アクセスのなかにも現れている。
◎図書館情報学におけるブラウジングと一般用語としてのブラウジング
図書館に専門化すると、「ブラウジング」の語は、どのようなニュアンスで用いられているだろうか。ここでは、ブラウジングという行為が、図書館の中で、次第にその原義、自由な閲覧の概念が形骸化されていく過程を見ていく。
『図書館情報学用語辞典』では「ブラウジング」を以下のように記述している。
「書架上で本の背表紙を気の向くままにながめ読みしたり、特定の目的を持たずに本を手に取って中身を拾い読みしたりする行為。元々は、家畜を放牧して飼料としての若葉や若芽を自由に食べさせることを指した。ブラウジングにより、資料検索とは異なった方向から偶発的に関心事に該当する資料を得ることもできる。なお、クライアントサーバーシステムにおいて、サーバーサイトをブラウジングするソフトウェアはブラウザと呼ばれている」(*13)
ここには図書館における閲覧、すなわち資料を読む行為を示す「ブラウジング」の語源と要約が示されている。記述の前半は現代の図書館における一般的な閲覧のスタイルであるが、後者はウェブにおける検索・閲覧についての叙述である。すでに、図書館に特化した領域でも、ウェブによる資料の検索の行為を定義しないわけにはいかない状況となっているのである。
既往研究「ブラウジングとは何か:辞書、新聞、Webページ、論文中での用例調査」で、松田千春はこれまでほとんど言及されなかった「ブラウジング」という語の実際、用例について詳細な調査を行っている。
「図書館・情報学での研究以外での〈ブラウジング〉という語の使われ方に焦点を当てることにした。これを既存のブラウジング定義と併せることで、図書館・情報学でのブラウジング定義がより実体に近く、必要十分なものになっていくと考える」(*14)
図書館における「ブラウジング」という閲覧スタイルは、いままでほとんど厳密に定義されずに曖昧なまま用いられて来た。そこで、この語が一般に流通している用例から、その本来の意味と概念を探っていこうという研究である。
調査結果のなかで興味深いのは、「ブラウジング」のウェブにおける用例(Browsing and Searching Internet Resources)である。いわゆる検索に当てられる用語(英語)「サーチ/Searching」と、「ブラウジング/Browsing」の違いに注目し、サーチはグーグルなどの横断型やロボット型サーチエンジンへの、ブラウジングにはYahooなどジャンル別検索ポータル(ディレクトリサービス型サーチエンジン)へのリンクが貼られていることを指摘している(*15)。
キイワードなど特定のアクセスポイントから行う閲覧(キイワード検索型サーチエンジン)に対して、ブラウジングはカテゴリーから選ぶ検索というように使い分けがされているとする。つまり、「サーチ」とは検索する対象が特定できている資料に、「ブラウジング」は漠然としたカテゴリーからの資料へのアクセスを示しているとする。これは、図書館で実際に行われる(実体としての)資料検索のパターンにも共通するふたつの方法である。
さらに当該論文では、新聞などに使われた「ブラウジング」の用例を分類している。日経産業新聞では、ニューオフィス(1992年当時流行したオフィス環境デザインの潮流)で提案された「会議や仕事の休憩時間に利用」「ゆったりとした環境でリラックスできる空間を意図している」「書棚をおいて雑誌、書籍、資料などを気楽に拾い読みする〈ライブラリー機能〉を持ち、緊張感をほぐして視野を広げる要素を盛り込んでいる」と、「ブラウジングルーム」の概念を抽出する。これは図書館における用例ではないが、わが国の図書館におけるブラウジングの空間イメージを代表する叙述といえる。
松田はこのような調査分析の結論として、ブラウジングを「曖昧さを持つ情報要求を満たすため、利用できる感覚全てを用いて、広範で多量な情報源から何らかの基準をもって必要なものを選び取る行為」と要約している。
そもそもブラウジングというアーカイブの閲覧、あるいはアーカイブの検索の行動が、利用者に発生したのは、図書収納の書架形式が閉架式から開架式に変化したことに始まる。それ以前は、閲覧席または閲覧室が書架と分かれて設置されていたからである。開架式閲覧室が利用者に公開されることによって、はじめて利用者が書架の前後を自由に歩き回り、書籍の背を眺め、棚から直接書籍を取り出し、ページを捲ることができることになった。ブラウジングとは、開架式書庫の閲覧によって初めて獲得されるインタラクション(*16)言い換えれば、「しつらいとふるまい」なのである。
建築学会における図書館建築に専門化した研究によると、ブラウジング概念はつぎのように定義され、その発生の経緯がわかる。
「ブラウジングは本を探す行為となり、書架回りの空間すべてがブラウジングのための空間となるが、(中略)探す行為には実際に内容を読んでみる行為が付随すること、さらに、空間としては付帯設備としての座席が要求されることから、本研究では本を選択するための着座読書ができる場をブラウジングスペースと定義する。」(*17)
同論文において、わが国の公共図書館において「ブラウジングコーナー」が新聞・雑誌コーナーと兼用とされ、中には入口近くで一般書の書架からかなり離れて設置されているところもあり、本を選択するための着座読書の場になり得ていないとする。なぜブラウジングコーナーが一般書コーナーと切り離されて計画されるようになったか、さらにブラウジングコーナーを軽読書コーナーとして捉える考え方の歴史的経緯を米国の公共図書館の計画と比較している。
公共図書館計画の初期(1950~60年代)において米国におけるブラウジングコーナーは「インフォーマル・リーディングエリア」という概念で扱われ、ブラウジングエリア、ポピュラーリーディングエリア(軽読書コーナー)からなっていた。これらは図書館入口近くにあって「くつろいで読書している形態が見えるようにすることが利用を促進するため」、図書館利用者増をめざす柱であったとする。具体的な利用は「レジャー(楽しみ)のための読書の場であり、忙しい時間の合間に気分転換に立ち寄る読者の場」であり、ポピュラーな小説などを配するとあり、具体的な空間のしつらいは低書架、絨毯カーペットで区別したスペースに4~6席程度のeasy-chairを備えたという。
近年では、「書架から本を選択した利用者が内容を確かめるために短時間くつろいで座ることの出来る空間」「コミュニティーの人びとが心地よく〈静かな読書〉に1~2時間を費やすという利用」と明確化としている。さらに「特定の本を求めることなく、読みたい本を探し回る利用者をブラウザーと規定」するなど、ユーザーの立場からの閲覧スタイルを定義している。
わが国には、1960年代に導入された同種の空間は、先に述べたように、その時期は閉架式図書館から開架式への移行期にあたり読書室の替わりに設けられたものである。その発生は「新聞・雑誌室や飲食・喫煙・談話室の流用」であり、「一般閲覧室から離れカウンター手前、入口近くである」ことと、「ソファなどが配されている」という共通性があるとする。その結果「インフォーマルな読書形態を創出する空間様式だけが注目され、新聞・雑誌閲覧の空間を特化して〈いわゆるブラウジングルーム形式〉とし、ブラウジングコーナーとした」とする。
このような「ブラウジング」概念だが、その語のもつ本来の意味を解さずに、建築計画において「ブラウジングルーム」として既定の空間として固定化、自動化して計画に取り込まれ、形骸化した陳腐なラウンジに堕してしまうという結果を生んだ経緯がわかる。
『図書館情報学用語辞典』(前掲書)で「ブラウジングルーム」を引くと、「図書館の建物の中で、ブラウジングコレクションを提供するスペース。書架、雑誌架、それに椅子やソファーなどが設置され、通常はくつろいだ雰囲気になるような工夫がなされている」とされている。
ブラウジングコレクションとは、「図書館コレクションのうち、利用者が拾い読みや軽い読書をするために用意されているコレクション。通常は、新着雑誌や新聞、あるいは案内所などが含まれ」、ブラウジングコーナーに別置されていて、館外貸出の対象としないことが多い。すなわち、ブラウジングという閲覧読書の行為は、軽いアーカイブの利用という閲覧スタイルから、アーカイブの書籍内容を示すというように、その概念は横滑りしていく。
図書館設計者、計画者に向けた教科書(*18)では、以下のような定義がなされている。
「ブラウジングルームは図のように新聞・雑誌などを気軽に読む空間であり、ゆったりとしたソファーや観葉植物などを置き、開放的でくつろいだ雰囲気をつくり出すようにするとともに、設計にあたっては、次のような点に留意する。
1)資料の性格上から、必ずしも独立した室として設けなくてもよい。
2)中央館で独立して設ける場合には、玄関ホール・一般開架貸出室に隣接させるようにし、広さは30~60m2程度とする。
(中略)
4)資料の展示・閲覧のために、雑誌架・新聞架・新聞台・新刊展示架などを適宜配置する」
「資料の性格上から」というように、ここでも誤解が前提とされる。公共図書館に設けられる「雑誌架・新聞架・新聞台・新刊展示架などを適宜配置」された、ステレオタイプ化したブラウジングルームはリラックスして本を読むコーナーとされるが、それは居眠り、暇つぶしのラウンジと化することを誘導(*19)しているように取られてもしかたないように思われる。
このような計画マニュアルを自動的にトレースした設計計画の結果は、松田が定義するような「曖昧さを持つ情報要求を満たすため、利用できる感覚全てを用いて、広範で多量な情報源から何らかの基準をもって必要なものを選び取る行為」とはかけ離れた形骸化した空間に陥りかねない。