HELP

注・引用文献

*1―
OPAC: オンライン蔵書目録(Online Public Access Catalog)
*2―
2009年7月現在、Google ブック検索では 700 万冊以上の書籍の全文を検索できる。
http://books.google.com/intl/ja/googlebooks/agreement/
*3―
ネットワーク化された情報の流通が双方向になり、送り手と受け手が双方向性を持つことによりさまざまな開発行為が加速化した。
*4―
フリッカーを代表とする写真など画像を共有するコミュニティサイト。
http://www.flickr.com/
*5―
wiki。ウェブブラウザを利用してWebサーバ上のハイパーテキスト文書を書き換えるシステムの一種である。それらシステムに使われるソフトウェア自体や、システムを利用して作成された文書群全体を指してウィキと呼ぶこともある(「~に関するウィキサイト」など。しばしばウィキペディアが「ウィキ」または「Wiki」と略されるが、「ウィキ」は以上のようなシステムの一般名であるため、厳密には混同が生ずる)。
ウィキウィキ(Wiki Wiki)はハワイ語で「速い、速い」を意味し、ウィキのページの作成更新の迅速なことを表し、ワード・カニンガムがホノルル国際空港内を走るWiki Wiki シャトルバスからとってWiki Wiki Webと命名したことに始まる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wiki
*6―
ティム・オライリー(米国出版社代表)が提唱した、2000年ごろのウェブ環境の新しい段階。ブログやソーシャルネットワークなど、双方向性に基づいた数多くの参加者がアーカイブを共有したり、開発したりできる。
http://radar.oreilly.com/archives/2005/09/what-is-web-20.html
*7―
国会図書館の資料デジタル化について:
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/digitization.html
*8―
筆者は、神戸芸工大「デザイン文献学」の履修者を対象にアンケート調査をおこなったところ、大学入学前にほぼ100パーセントがウェブの基本的な利用経験を持っていることがわかった(2009年6月実施)。
*9―
「読書週間」を前に、読売新聞社が行った全国世論調査で、国民の「本離れ」が定着化の傾向を示す一方で、読書で「満足」した人が9割に達し、人生観に影響を受けた人も6割を占めた。IT(情報技術)時代にあって、若者を中心にインターネットによる本の購入が増える傾向もみられる。価値観の多様化や環境の変化を受け、読書の世界もいろいろと変わりつつあるようだ。(中略)この1か月間に何冊の本(雑誌を除く)を読んだかを聞いたところ、「読まなかった」は、2004年の前回調査より2ポイント増えて52%となった。読売新聞社では1980年から毎年、「読書」に関する世論調査でこの質問を行っているが、02年(54%)、98年(53%)に次いで3番目に高く、国民の「本離れ」が一段と定着した形だ。
(『読売新聞』2005年10月28日)
*10―
「いかなるところから出発して認識と理論が可能になったか、どのような秩序の空間にしたがって知が構成されたか、あるいはただちにほどかれ消えさるためだったかもしれないが、どのような歴史的《ア・プリオリ》を下地とし、どのような実定性の本領内で、観念があらわれ、学問が形成され、経験が哲学として反省され、合理性が形成されるということが可能だったのか、そのようなことをあらためて見極めようとする研究」(ミシェル・フーコー『言葉と物―人文科学の考古学―』新潮社、2000、p20)
*11―
『ルミナス英和辞典』研究社、2001
*12―
アンドレ・マソン、ポール・サルヴァン『図書館』クセジュ、p94
*13―
日本図書館学会編『図書館情報学用語辞典』、丸善、p185 1997
*14―
松田千春「ブラウジングとは何か:辞書、新聞、Webページ、論文中での用例調査」図書館情報学会No47、2002年
*15―
Serchingには横断型やロボット型のサーチエンジンを示し、BrowsingにはYahooなどジャンル別に検索できるポータルサイトを示している、としている。(松田千春「ブラウジングとは何か」、図書館情報学会No47、2002年)
*16―
「インタラクションはモノとヒトとの〈ダイナミック(動的)な関係〉を扱います」(鈴木明『インタラクション・デザイン・ノート』神戸芸術工科大学大学院、2003年、p32)
*17―
北岡敏郎、青木正夫、竹下輝和『日本建築学会計画系論文集』509,114
*18―
西日本工高建築連盟『新建築設計ノート 図書館』彰国社、1989、p26(改版以前は「ブラウジングルーム(新聞雑誌閲覧室)」と表記してある)
*19―
たとえば、「ブラウジングコーナーは、図書館入口の入館ゲートを入ってすぐ右手にあります。このコーナーには、図書館で少しリラックスしたいと思われたときに、利用していただけるように、新聞や一般雑誌等が備え付けてあります。新聞では、朝日・毎日・読売・日経・産経・日刊工業・The Japan Times等の各紙を、雑誌では、AERA・文藝春秋・栄養と料理・時刻表・月刊アスキー等があります。なお、利用につきましては、館内閲覧のみとなっております。どうぞ、くつろぎながらゆっくり見てください。ただし、禁煙、飲食禁止です。その場合は図書館入り口前のロビーでどうぞ」といった紹介。「大阪医科大学図書館ホームページ」より。
http://www.osaka-med.ac.jp/~tosho/api/2f12.htm
*20―
ロジェ・シャルチエ、グリエルモ・カヴァッロ『読むことの歴史―ヨーロッパ読書史』大修館書店、2000、p115
*21―
ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gensfleisch zur Laden zum Gutenberg、1398頃-1468、ドイツ出身金属加工職人)が1445年頃発明したとされる。『グーテンベルク聖書』(1445年頃)として知られる旧約・新約聖書(ラテン語版)を印刷した。
*22―
原克『書物の図像学』三元社、1993、pp23-24
*23―
ブリュノ・ブラセル『本の歴史』創元社、1998、p26
*24―
「チェイターは彼の著書『写本から印刷へ』のなかで、誰よりも先がけて中世の僧侶の個人読書席、または読書兼歌唱用ブースの問題にメスを入れている。[修道僧たちは原則として一日の大部分を集団で過ごすことになっている。ところがそうした修道院の中でプライヴァシーを確保するためのこの設備は一体何のためのものであったのか。大英博物館の閲覧室のほうに防音装置をほどこした仕切りはないのである。黙読が一般化した今日ではもはやこうした設備は必要ではなくなったのだ。だが、中世の読者を図書館いっぱいに入れたと想像してみよう。彼等が音読のために発する雑音のためにやり切れないことになるのだろう。こうした事柄について中世期の写本テクストの編纂者たちはもっと注意を払ってしかるべきだ。今日筆写する人は書き写すときに、原稿から眼を放す。その際彼の頭にあるものは眼で見たものの視覚的記憶である。それに反して中世の写本家の頭にあったのは聴覚的記憶であり、それもおそらく多くの場合、一度に一語ずつの記憶であったろう。]」(マーシャル・マクルーハン『グーテンベルクの銀河系―活字人間の形成』みすず書房、1986、p145)
*25―
「詰まるところ、書くことはそれ自体として読むことの一種なのであり、元のテクストに対し一字毎に讃辞を捧げることでもある。優れたテクストには優れた書体という讃辞が捧げられなければならない。人文主義者は、既に見たように、書体の美しさには特に敏感だった。トリテミウスはテクストを深く理解するためには自分の手で書き写す必要があると主張している。より近代の学者でもこの主張に賛同する者は多い」(前掲書『読むことの歴史』p276)
*26―
武蔵野美術大学図書館では、2003年より「アーティスツ・ブック・コレクション」として、「アーティスト・ブック」すなわち芸術家らによってつくられた本を収集し、図書館資料室内(の展示ケース)で企画展示を行うとともに、同展の解説研究をリーフレットとして出版頒布している。
*27―
前掲書『本の歴史』p34
*28―
「学者がペンを執る理由は他にもあった。ペトラルカからスカリゲルに至るまで、学者は自分が書き写したのではないテクストの欄外に書き込みを行ってきた、それは専門的知識を集積させていたのである。同じテクストの別の版に見られる読みの違いを組織的に記録することも良く行われた。(中略)そのスカリゲルさえ、怒りに任せて巨大なX印を本文の上に記し、[くそったれ]cacasの繰り返しで欄外を埋め尽くしたこともある。(中略)人文主義者はしばしば、その本が自分ひとりのものでなく、友人たちのものであることを、表紙や扉のページで強く主張している」(前掲書『読むことの歴史』pp276-278)
*29―
前掲書『本の歴史』p74
*30―
ヘンリー・ペトロスキー『本棚の歴史』理想社、2004年、p54
*31―
「通路と中庭を隔てる柱のすきまは、腰掛けて本を読むのにうってつけの小さな空間で、ここに座ると読書にちょうどいい明かりを得ることができた。特に個別の〈写字室〉や書き物用の部屋がない修道院の場合は、回廊の柱と柱のあいだにできた陽当たりのよいくぼみには特別の価値があり、年長者や、立ち回りのうまい修道士に占領された。というのも読書や書き物、書写にこれほど適した場所はなかったからだ。やがてキャレルと呼ばれるようになるこの場所はあまりじゃまされることなく静かに勉強し、目の前の作業に集中できる空間だった」(前掲書『本棚の歴史』p52)
*32―
「〈これらの修道院のなかで、本が並べてある部屋は、近くにある庭のすべてを、そこから眺められるように配置してある〉。これこそは、すぐれた言葉でフランスの図書館の古典的な方法を述べたものであって、その後長いあいだ、天井からの採光しか考えなかった十九世紀の陰鬱な読書室の例で目玉の曇った、二十世紀のフランスの建築家たちがわざわざアメリカまで出掛けて、この方法を発見してきたというわけである」(前掲書『図書館』クセジュ、p46)
*33―
「本の貸し出しが許されていなかった学生たちに、本を利用させる方法として、全く新しい利用システムが考え出され、それが西洋の全図書館に広まり、十四、五世紀から十六世紀のはじめにかけてその方法が生み出された大学図書館以外にまで、異議もなく採用されて行った。それは、本を書庫や戸棚に詰め込むかわりに、傾斜した書見台の上に平らに並べて、それを鎖でつないだのである。書見台の下部の棚には、同じように鎖につながれた別の本を置くことができた。鎖の一方の端は、写本の製本背革に釘づけをした金具に連結され、他の端は書見台の端に錠で固定された金棒に結びつけられてあった。書見台に面してベンチが置かれていて、読者は自分の調べたい本の前に座ったまま移動することができた。この鎖につながれた図書館の、イギリスにおける最も古い例は、一三二〇年にできたオックスフォードのものである」(『図書館』クセジュ、pp26~27)
*34―
前掲書『図書館』、p27
*35―
多摩美図書館のさまざまな家具什器は同じ理由から考えられている。
*36―
「外に面した壁に狭い間隔で窓を開け、壁に対して直角に本箱を設置したストール・システムは、長いあいだイギリスの施設図書館の特徴だった。ヨーロッパ大陸では、これとは異なる伝統が別個に発達し、本箱は壁を背に向けて壁と平行に置かれていた。その結果、こうした図書館に入ったときに目にするのは、窓際にキャレル状、あるいは小部屋状のくぼみを抱える本箱の列ではなく、本箱に取り囲まれた部屋で、どの本箱もみな中心の広々した空間に顔を向けていた。後にウォール・システムとして知られるようになるこの設置方法は、スペインのエル・エスコリアル宮で大規模に導入されたのが始まりだった」(前掲書『本棚の歴史』、p144)
クリストファー・レン([一六三三~一七二三]は窓の位置を高くし、壁沿いに机置き場を設けた最初のイギリス人建築家と言われているが、ケンブリッジ大学のトリニティ・コレッジ図書館の長さ五八メートル、幅十二メートルのスペースを完全なウォール・システムにしなかった理由を次のように説明する。
「[壁際の本棚と、壁から突き出るように置いた本棚の組み合せが、非常に便利で上品だということが証明されるにちがいないし、またそれぞれの小部屋に小さな四角いテーブルと椅子を二脚置くのが学生にとって最良の方法を思われる]」(前掲書『本棚の歴史』p155~156)
*37―
前掲書『図書館』pp36
*38―
前掲書『図書館』p27
*39―
前掲書『図書館』pp38~39
*40―
前掲書『図書館』p67
*41―
岡部あおみ『ポンピドゥー・センター物語』紀伊国屋書店、1997、p182
*42―
新しい「読書の仕方(モドトウス・レゲンデイ)」はどのような様相を示しているのであろうか。
「まず第一に、それはまったく個人的で自由な姿勢をともなっている。地面に横たわって読むこともできれば、壁に寄りかかって、あるいは閲覧テーブルの下にすわって読むこともできる。また、一番よく知られたタイプとしては、机の上に足を投げ出して読むこともできる。第二に、[新しい読者]は読書のためのふつうの補助器具――机、テーブル。書きもの机、等――をまったく拒否するか、あるいは不適切な、つまり突拍子もない仕方で使ったりする。彼らがそこに開いた本を置くことはきわめて稀であり、むしろ好き勝手にとられる読書時の姿勢の無限の格好の中で、ある時には体を、またある時には足を、腕を支えるのに使われる傾向にある」(前掲書『読むことの歴史』p520)
しかし、このような勝手気ままなブラウジングという読書法に対して、眉をひそめる図書館スタッフが昔からいたことを念のために書き留めておこう。
「哲学者イマヌエル・カントは一七六五年、大学教員資格を取得して十年後に、『まことに不如意な物質的生活を楽にする一助として』、ケーニヒスベルク王宮図書館の下級司書の口を国王に願い出た。そして一七六六年に雇われたが、それは館内秩序に気を配るためだった。『ことに、本を好き勝手に引っ張りだしたり、図書室を一般の遊歩道がわりに使用する等、以前からあつかましい振る舞いの絶えない不作法な若者たちがたむろしたときに』。カントは『まったくなじみのない、いやな分野に』勤めたことに気づき、哲学の正教授として、一七七二年職を退いた。」(ゴットフリート・ロスト『司書 宝番か餌番か』白水社、1994、p95)
*43―
前掲書『本棚の歴史』p76~77
*44―
「日光は[人間が依存するものすべてのなかで最も不平等で不安定であり、太陽の位置は気象の変化に左右されやすい]とも書いている。さらに明るい太陽光は本の敵であり、[実は暗いほうが本にとってはるかによい]ので[どうしても光を採り入れたいときは、同程度の費用をかけて、光を避ける用意が必要だ]と述べている。(アメリカ:引用者註)議会図書館には六百の窓があったので、ブラインドの上げ下げにはかなりの時間がかかっただろう」(前掲書『本棚の歴史』p207)
大英博物館閲覧室のドームは直径百四十フィート(四十三メートル)、高さは百六フィート(三十二メートル)、てっぺんには四十フィート(十二メートル)の明かり窓があるが「この巨大な円形窓と、ドームの根元にぐるりと設けられた大きな窓を通して、太陽光が部屋を照らしていたが、人工照明のない時期が長く続いたので、冬は午後四時までしか明かりを得られず、ロンドンに霧が立ちこめるときにはもっと早い時間に暗くなった。(中略)一八七九年に初めて電灯の使用が試みられ、結果はぱっとしなかったものの、すぐに巨大なアーク灯四基が設置されてまずまずの効果が得られたため、日没後も閲覧室を開いておけるようになった。一八九三年、読書用机の上に白熱灯が設置されたのに続いて、すぐに、参考図書の書棚にも同様の照明が取り付けられた。」(前掲書『本棚の歴史』p197~198)
*45―
前掲書『本棚の歴史』p208~209
*46―
小田光雄『図書館逍遥』編書房、2001、p25
*47―
前掲書『図書館逍遥』p175
*48―
前掲書『図書館逍遥』p68
*49―
前掲書『図書館逍遥』P25
*50―
前掲書『図書館』クセジュ、pp131~132、
また、ドイツ・アウグスブルク大学図書館における、修士論文をまとめる学生に対して優遇するシステムが紹介されている。「閲覧スペースは中央図書館、分館の各地にちらばっており、机の数も多いのでゆったりと勉強できる。横長の机に4人ずつ前方を向いて座る形式なのだが、どの机にも片方の端にそれぞれコンセントが備え付けられているのでPCを持ち込んで作業することもできる。そこで勉強していると各スペースの一部の机に全て番号が割り振ってあり、机の上にそれぞれ資料が置いてあることに気づく。これは主に修士論文や学士論文を書く学生用の学習スペースで該当する学生は図書館に申し込むと、この自分専用のスペースが与えられ、そこに自分が使用する資料を貸出手続きした上で取り置いておくことができる。この方法はTischapparateと呼ばれている。当該資料の予約がなければ2ヶ月の貸出延長が可能である。博士論文執筆には個人学習室を利用することができ、この学習室内にも最大30冊まで3ヶ月間資料を取り置いておくことができる。取り置きの資料は、図書館の係員に申し込めば他の学生でも一時的に閲覧させてもらえる。このTischapparateの制度は良いものであると思う。普通のレポートではなく学士、修士、博士論文を書くとなると資料の数も決して少なくないものになる。全てを家に持ち帰るのは大変であるし、同じテーマで研究している人が複数いる場合、資料のとりあいになってしまう。この制度なら取り置かれているとはいえ、複数の人が資料を閲覧することができる。また常に席が確保されているので、館内が混んでいる時でも安心して勉強できる」(中村敦子『バベルの図書館』京都大学総合人間学部図書館機関誌第8巻第1号、通巻14号)
*51―
ヴィンフレート・レーシュブルク『ヨーロッパの歴史的図書館』国文社、1994、p170
*52―
「この素晴らしい豪華な大広間は、バロック式図書館の中心として学問や研究ばかりでなく、展覧会や宮廷社交界の会場としても使われていた。ハプスブルク王国の君主たちの図書コレクションは、最高の見どころのひとつとしてみなされていたので、旅行者や学者そして〈身分の高い外国人〉がここを訪れた。彼らはここで古い地球儀を鑑賞したり、陳列棚にある写本や稀覯本を眺めたのであろう。とくにみごとなものは一七三七年にオイゲン王子から入手したコレクションであり、これらの本の背や表紙には王子の紋章を打ち打した赤いモロッコ革の装丁がほどこされている。宮廷コンサートやオペラも、この豪華な大広間で演じられたのである。モーツァルトはここで一七八七年から数年のあいだ、みずから編曲したヘンデルのオラトリオとカンタータの指揮をした。今日もなお音響効果は無類に良くて最高の環境のこの丸天井の間でシンフォニーや合唱付きコンサートや嬉遊曲が鳴り響くのである。」(ヴィンフレート・レーシュブルク『ヨーロッパの歴史的図書館』国文社、1994、p108)
*53―
OMA/LMN『Seattle Public Library Concept Book』1999
http://www.spl.org/lfa/central/oma/OMAbook1299/page2.htm
*54―
前掲書『読むことの歴史』pp515~516
*55―
2008年グーグルが検索対象としたページ:
http://googleblog.blogspot.com/2008/07/we-knew-web-was-big.html
*56―
Googleブック検索和解契約:
http://books.google.com/intl/ja/googlebooks/agreement/
*57―
慶應義塾図書館、バイエルン州立図書館、Committee on Institutional Cooperation (CIC)、ハーバード大学、ゲント大学付属図書館、カタロニア国立図書館、ニューヨーク公立図書館、オックスフォード大学、プリンストン大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学、マドリッド コンプルテンセ大学、ローザンヌ大学図書館、ミシガン大学、テキサス大学オースティン校、バージニア大学、ウィスコンシン大学マディソン校である。
*58―
前掲Googleホームページ
*59―
前掲Googleホームページ
*60―
前掲Googleホームページ
*61―
前掲Googleホームページ
*62―
アメリカ議会図書館スタッフ(マット・レイモンド氏)のブログ(2009年9月に確認済み)。
http://www.loc.gov/blog/2008/12/library-releases-report-on-flickr-pilot/
*63―
1)せんだいメディアテークでは、物理的なアクセシビリティを、さまざまな障害者のための物理的な配慮とサービスを念頭においている。同じように、図書館を初めとするギャラリーや情報センターとしてのサービスでは、メディアやデジタルアーカイブへのアクセシビリティ、すなわちリテラシーを重要な機能として位置づけ、さまざまな活動プログラムとしてきた。
(少なくとも日本では)公益公共施設が、このようなアクセシビリテイの先端的研究を率先して行うことはめずらしいが、せんだいメディアテークでは、ワークショップやイベントを開催したりしながら、経験的にそのプログラムを展開させ、方法論として構築していくことも可能だと考えている。
2)「せんだいメディアテーク」は、永遠に完成しない建築、「工事中(アンダーコンストラクション)*註」をコンセプトとした。
書籍、AVなどパッケージ型のメディア・アーカイブを扱う図書館と、上部階に位置する、ワークショップベースでコンピュータ、ウェブ、メディアのリテラシーや活動をサポートするセクション(7階)では、今年度(2008)にインテリア、家具など施設を更新し、同時に活動内容も更新する。
具体的には、「Web 2.0」に代表されるような(ブログや「YouTube」「Fliker」「Podcasting」など公共的なプラットフォーム)、ウェブ・プラットフォームを用いた、クライアント主体による(年寄りも子供も参加できる)情報発信の活動をワークショップ形式で展開するものである。
これらの活動が「フォークソノミー」的に、すなわち市民参加による活動プログラムを、せんだいメディアテークの活動の基本的なプラットフォームとして確立することの正否が、せんだいメディアテークをヴァージョンアップし得るとの期待を込めて、「smt2.0(せんだいメディアテーク2.0)」と、このリノヴェーションのコンセプトを呼んでいる(「Web2.0」を提唱するティム・オライリーが、そのキイワードのひとつに「永遠のベータ版」を挙げていることを想起されたい)。
*64―
1992年の米国の公共図書館におけるコンピュータ利用はこのような状態だった。「米国コロラド州の公共図書館でのコンピュータの利用者提供とスタッフの業務使用についての調査が行われた。この調査はキャサリン・フェニックスというフリーランスの図書館員が,コロラド州の公共図書館251館のうち,連絡先不明等を除いた204館に対し電話インタビューにより行ったものである。
204 館のうち,コンピュータを使用しているのは141館(69%),そのうち他館とオンライン接続をしていない単館での使用が15館(10.6%)である。フェニックスによると,図書館スタッフのコンピュータ利用目的は,ワード・プロセッサが第一位で,続いて図書館間貸出(ILL),表計算,目録作成である。オンライン・ネットワークは小規模になされている段階で,中央館と分館,あるいは地元の大学図書館といくつかの公共図書館を結んだILLが行われている。利用者提供についてもワード・プロセッサが図書館のコンピュータの主要な利用方法である。「もはや公共図書館は人々の大学ではなく,人々のオフィスの役目を果たすために様々なソフトウエアを導入している。」とフェニックスはいう。ワープロ以外の利用目的には,ゲーム,履歴書作成,表計算,ビジネス,宿題,手紙書きがある。図書館では職探しのサービスも受けられるので,利用者は図書館のコンピュータで履歴書を書いているという」(「CA834 - 人々の大学から人々のオフィスへ:コロラド州公共図書館におけるコンピュータ利用 」 川鍋道子『カレントアウェアネス』No.158、1992年10月20日)
同ホームページ:
http://current.ndl.go.jp/ca834
*65―
お茶の水女子大学図書館では1959年開館の図書館機能更新にあたり、「ラーニング・コモンズ」と名付けた「単なるパソコン利用スペースとしてではなく、〈21世紀型文理融合リベラルアーツ〉を支える学生のための共同コミュニケーションスペース」をオープンした(2007年)。ここには無線LAN環境が整い、デスクトップパソコン50台が設置され自由に使用できる。
同ホームページ:
http://www.ocha.ac.jp/topics/h190511.html
*66―
CA1603 「インフォメーション・コモンズからラーニング・コモンズへ:大学図書館におけるネット世代の学習支援」米澤誠、『カレントアウェアネス』No.289、2006年9月20日
同ホームページ:
http://current.ndl.go.jp/ca1603
*67―
武蔵野美術大学美術史量図書館課長、本庄実千代氏へのインタビューより(7/10/2009実施)
*68―
「せんだいメディアテークの資料は2-4階にある仙台市民図書館と7階にある美術文化ライブラリーも分散配架されていて、できるだけ多くの人々の利用を待っています。これらすべての資料を仙台メディアテークのなかで利用できるわけですから、さまざまな資料と出会うチャンスも必然的に多くなります。せんだいメディアテークという組織そのものは図書館ではありません。正確に言えば、50万冊規模の蔵書をもつ図書館を内蔵した文化施設です。見方を変えれば、ギャラリーやスタジオやシアターを併設した新しい図書館であるとも言えます。(略)せんだいメディアテークで発生するさまざまなプロジェクト(企画活動)の成果が資料として蓄積されていくと、他のどこにもないユニークな資料構成となります。(中略)自転車でふらっと立ち寄って気軽に資料の山と対話できるサービス。(中略)ギャラリーやシアターあるいはスタジオといったメディアテーク内の他の機能とのコラボレーションによって、他の図書館にない経験を味わうことができます」(桂英史『せんだいメディアテークコンセプトブック新版』せんだいメディアテーク・プロジェクトチーム編、2001年、pp59~69)
*69―
「われわれは図書館の再定義を目指した。それは書物の特権的組織ではなく、すべてのメディア(新旧含め)を等価かつ明瞭に扱う店舗とすること。どこでも情報にアクセスできる時代には、すべてのメディアの同時性とコンテンツ管理人の責務こそが図書館をいきいきとさせるのだ」(OMA/LMN『Seattle Public Library』Actar、2005、p16)
*70―
前掲書『Seattle Public Library』p16
*71―
前掲書『OMA/Seattle Public Library』Actar、2005、p34
*72―
ターニング・ページズ/Turning Pages:
http://www.bl.uk
*73―
三重大学…学術情報リテラシー、琉球大学…図書館情報リテラシー(Library workshop program)、東京工業大学…コンピューターリテラシー、千葉大学…キャンパス情報リテラシー、富山大学…大学生の情報リテラシー、徳島大学…これならできる情報リテラシー、山口大学…情報リテラシー、東京学芸大学…情報リテラシー、京都大学…情報探索入門、慶応義塾大学…情報リテラシープログラム、駿河台大学…資料探索法(文化情報学部)などが挙げられている。
『明治大学図書館紀要07』、「図書館リテラシー教育と学生の反応-「図書館活用法」の実践から-」大野友和
*74―
「大学・高専図書館における情報リテラシー教育」橋洋平(金沢大学附属図書館)、2000
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/4479/(アクセス:2009年9月21日)
日本の大学等図書館の情報リテラシー教育への参加状況とその内容:大学図書館の情報リテラシー教育への参加率は,まだそれほど進んでいるとはいえないが,国立大学では4割ほどの大学で参加している。この割合は今後さらに高くなると予想される。反対に高専図書館の参加率は非常に低い。授業の対象は,新入生向けのものが多く,基礎的な授業として行われているケースが多い。図書館員は実習担当として参加している場合が多いが,講義を受け持っているケースも半分近くある。担当者は,参考調査担当職員が多い。内容は,OPAC,文献調査法,データベース利用法,インターネットによる情報検索,資料探索に関する一般的説明といった項目が中心となっている。いわゆる「情報収集」に関する内容が中心で,論文作成法といった「情報発信」に関する内容は少ない。これは,見方を変えると図書館員だけで行える情報リテラシー教育の限界を示しているものかもしれない。
しかし、情報リテラシーの基礎ともいうべき「情報へのアクセス」「情報の利用と活用」「情報の管理と表現」などについては、いまだ固定的なカリキュラム化にいたっていない。
*75―
神戸芸工大のカリキュラム(コンピュータ特別演習A/B)では、グラフィック系のソフト(フォトショップ、イラストレーター)を用いている。
*76―
新入生の80パーセントがアーカイブとして、インターネットを利用する。デザイン文献学の受講生40名につぎの質問に対する回答を求めた。「創作のためにアイデアや情報を求めるとしたら、(1)どんなアーカイブを利用しますか?」複数の回答をゆるしているが、実に40人中32名が、インターネットを挙げている。
*77―
大学設置基準
(図書等の資料及び図書館)
第三十八条 大学は、学部の種類、規模等に応じ、図書、学術雑誌、視聴覚資料その他の教育研究上必要な資料を、図書館を中心に系統的に備えるものとする。
2 図書館は、前項の資料の収集、整理及び提供を行うほか、情報の処理及び提供のシステムを整備して学術情報の提供に努めるとともに、前項の資料の提供に関し、他の大学の図書館等との協力に努めるものとする。
3 図書館には、その機能を十分に発揮させるために必要な専門的職員その他の専任の職員を置くものとする。
4 図書館には、大学の教育研究を促進できるような適当な規模の閲覧室、レフアレンス・ルーム、整理室、書庫等を備えるものとする。
5 前項の閲覧室には、学生の学習及び教員の教育研究のために十分な数の座席を備えるものとする。

注・引用文献

「カレントアウェアネス・ポータル(current.ndl.go.jp)」国立国会図書館
鈴木明、港千尋編著『つくる図書館をつくる―伊東豊雄と多摩美術大学の実験』鹿島出版会、2007年
鈴木明『インタラクション・デザイン・ノート』神戸芸術工科大学大学院、2005年

謝辞

本研究のため、数多くの図書館に調査、スタッフの方々にヒアリングなどを行なった。多忙中にも関わらず快くインタビューにお答えいただいたことに感謝します。また、「新しい時代の図書館を考える会」にご参加いただき、刺激的な知見をいただいた国立国会図書館の皆様をはじめ、全国の大学図書館、公共図書館、公共文化施設などのスタッフの皆様に感謝します。

なお、本研究は、2008年度神戸芸術工科大学芸術工学科大学院共同研究「大学図書館における新しい環境整備方法と教育活動に関する基礎的調査研究」である。

(2008年度大学院共同研究採択課題)


 

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