図―8:多摩美術大学図書館のラボラトリー。
モニターや大型スキャナを備え、図書閲覧にとどまらず編集(会議、作業)までを可能とする環境を備えている。閉架書庫(雑誌バックナンバーを収納)の内部に設置している。
「書物やその他の印刷物は、したがって、他の情報伝達を体験し文化需要の別の手段(オーディオ・ヴィジュアル的な手段など)を身につけた読者大衆――現に存在しているし、将来も存在するだろう――と、初めて接することになった。この読者大衆は動いていくメッセージを読むことに慣れており、多くの場合電子機器(コンピュータ、ビデオ、ファックスなど)によるメッセージを読んだり書いたりしている。(中略)リモコンの使用がテレビを見る者に瞬時にチャンネルを変えることを可能にした。(中略)こうしたチャンネルの変更は「ザッピング」zappingと呼ばれているが、(それは)まったく新たな個人的消費の手段であり、オーディオ・ヴィジュアル的な個人的想像の未曾有の手段となっている」(*54)
マルチメディア化したウェブアーカイブは、図書館とは異なったブラウジング法をわれわれに要求する。それはわれわれにスキゾ的な振る舞いのブラウジングを強いることがあるのだが、1兆ページ(*55)とも言われるウェブページ数を前にして、それをゴミと呼ばず、人類が共有すべき資産、つまり共有のアーカイブとしてブラウズできるようにしたのは、キイワードによる「検索エンジン」を実用化したグーグルに負う所が大きい。さらに現在、グーグルが手がけているプロジェクトに「Googleブック検索」がある。すでに 700 万冊以上の書籍の全文を検索できるとしている。そのなかのひとつ図書館プロジェクトは以下のように紹介されている。
「Google では、世界中の著名な図書館と提携し、蔵書をブック検索に登録しています。図書館プロジェクトで登録された書籍のうち著作権保護期間内の書籍については、図書館カード・カタログのような形式で、書籍の情報と、検索キーワードを含む文章の一部(数行)を表示します(これをスニペット表示と呼びます)。図書館プロジェクトで登録された書籍のうち著作権保護期間が満了しているものは、全文を読むこともダウンロードすることもできます」(*56)
グーグルが進める書籍の全文検索プロジェクトは、図書館の協力を得て(図書館プロジェクト)、新しい段階に入ろうとしている。2009年現在、参加図書館は26館(*57)となっている。
なかでも、もっとも古典的な図書館として知られるオックスフォード大学図書館であるが、Ronald Milne (同大学付属図書館長代理/ボドリアン図書館長)は、プロジェクトへの参加意図を述べている。
「ボドリアン図書館のミッションは、1602 年の設立以降、図書館に関するトーマスボドリアン卿のビジョンに根ざしています。つまり、必要とするすべての人に図書館の所蔵物を公開し、世界中の「文壇」に貢献することです。これまでボドリアン図書館を利用したり、この図書館で作業をしたりした読者の 60 % 以上は、オックスフォード大学と直接的には関係のない方々でした。オックスフォード大学における Google の図書館プロジェクトは、学術的なコミュニティを越えて、その所蔵物へのアクセスを可能にして促進するという、現在進行中の当館の取り組みを証明するものです。 この取り組みによって、トーマスボドリアン卿のビジョンとボドリアン図書館の理念とがデジタルの時代にも受け継がれ、世界中の読者がこの図書館の所蔵物にウェブを介してアクセスできるようになるでしょう」(*58)
ミシガン大学のJohn P. Wilkin (次席大学付属図書館長)は、グーグルの情報技術によるコンソーシアムの意義を、「それまでのプログラムも強力で、年間 5千冊ほどをデジタル化してきましたが、この速度では所蔵物すべてをデジタル化するのに 1000 年以上はかかったことでしょう」(*59)と説明している。
版権をクリアするために、出版社などとのパートナープログラムと呼ぶ契約を個別に結び、流通する書籍の検索を行うことも始まっている。それは20,000 を超える出版社や著者と契約を結び書籍を検索できるシステムだが、「書店や図書館で手にとって中身を確認するのと同じように、オンラインで数ページを閲覧する」ことができ、「その書籍を購入できる書店へのリンクも表示」(*60)される。
グーグルはこのようなプラットフォーム、すなわちアーカイブの公開、ウェブによる閲覧サービスを作ることによって、何を得ようとしているのだろうか。
「Google 独自の検索エンジンにより、世界中の情報を体系化し、どこからでもアクセス可能なものにする(中略)。この和解契約はすべての関係者に利益があるものですが、最も利益を得るのは読者の皆さんです。読者の皆さんは、世界中の本にある非常に豊富な知識を、簡単な操作で得ることができるのです。」(*61)
3-2 web2.0のブラウジング
このようなウェブアーカイブの公開に始まるグーグルを初めとする試み(web2.0と呼ばれる一連の動き)は、われわれに閲覧方法の変化だけではなく、本の発生以来の資料へのアクセス方法、すなわち読書という概念の変更をもたらす。
3-2-1 フリッカーにおける閲覧空間(コモンズ)を探る…LCの試み
2008年1月、アメリカ議会図書館(Library of Congress;わが国の国会図書館にあたる)の広報部長マット・レイモンドは、同館ホームページにあるスタッフブログ(*62)において画期的な呼びかけを行った。もっとも大衆的な画像公開サイト、フリッカーに同館が所蔵する写真アーカイブをアップし、同アーカイブへの「アクセスを自由にすること、研究者へ最適な資料を提供すること」を試行することを宣言したのである。
14万点におよぶ印刷、写真ほかのヴィジュアル資料のうち、すでに版権が切れた資料を暫時フリッカーにアップしていくことを告知したのである。その目的だが、それは資料の公開といったことだけではなく、フリッカーの閲覧者からのコメント(タグ)を得ることでもあった。
ソーシャルタギングと言われる、閲覧者(ユーザー)のキイワード(コメント)をオリジナルの資料に付加していくシステムは、ウェブではすでに定着したシステムではあるが、図書館のアーカイブには受け入れがたいシステムであった。その理由は資料(文献)への書き込みは資料の破損を意味することであるし、閲覧記録(の公開)はプライヴァシーに関わるものであり、守秘義務に基づいても公開できるものではなかったからだ。
アメリカ議会図書館の、ウェブにおける公開アーカイブのプラットフォームへの参加は、他の図書館、アーカイブの同様のプラットフォームへの参加を促す。たとえば、大学がYouTubeへの公式チャンネルを持つことは、米国だけではなくわが国でも始まっているし、学生がこれらアーカイブへのアクセスが自由にでき、かつ教育や研究のなかで自在に利用できるリテラシーを身につけることも、迫られているわけである。
3-2-2 せんだいメディアテークのヴァージョンアップsmt2.0
具体的には、「Web 2.0」のブログや「YouTube」「Flikr」「Podcasting」など公共的なプラットフォームを用いた、クライアント主体による(年寄りも子供も参加できる)情報発信の活動をワークショップ形式で展開するものである。
これらの活動が「フォークソノミー」的に、すなわち市民参加による活動プログラムを、せんだいメディアテークの活動の基本的なプラットフォームとして確立することの正否が、せんだいメディアテークをヴァージョンアップし得るとの期待を込めて、「smt2.0(せんだいメディアテーク2.0)」と、このリノヴェーションのコンセプトを呼んでいる(「Web2.0」を提唱するティム・オライリーが、そのキイワードのひとつに「永遠のベータ版」を挙げていることを想起されたい)(*63)。
3-3 近年の図書館計画における新しい「ブラウジング」環境
近年計画された図書館(公共図書館、大学図書館)の読書/閲覧環境を中心に考察していくと、ひとつの傾向を見て取れる。公共図書館・大学図書館の別を問わず、開架式書架と閲覧席を備えたホール式の閲覧室を利用者のための基本的な空間として用意しているのは変わらないが、その内部にコンピュータなどを用いる閲覧環境が付加され始めていることである(*64)。
図書館がアーカイブする資料のフォーマットが、アナログからデジタルに、さらにパッケージ型資料(書物やCD、DVDなど)がネットワーク型資料(インターネットによるウェブアーカイブ)へと変化してきたことへの対応といえる。
それは、従来の本に始まるアナログ/パッケージ型資料のアーカイブに加えて、デジタル/ネットワーク型資料のアーカイブへの対応を重ねていることを示している。その対応は「コンピュータやAV機器」、つまり新しいブラウザ(閲覧環境)の機器の付加である。
しかし、このような図書館における閲覧室への「付加的」な閲覧機器の追加とその増殖は、アクセシビリティ、つまり開架式書架とともにある読書/閲覧環境を疎外しかねない。そこで、このような状況に対して、いくつかの図書館においては、ふたつのアーカイブ間の閲覧の障壁をなくそうという試みが見られている。
たとえば、シアトル公共図書館の「ブックスパイラル」と名付けられた開架書架は、螺旋状斜路の床に連続して配置され、ところどころに閲覧席が設けられている。図書館における蔵書が分類され配架されるなかで多くの図書館では異なったフロアに別置されることのストレスを打開するためのアイデアとデザインであり斬新な配架方法と見えるが、それはウェブアーカイブで獲得した検索と利用法であることは先にあげたとおりである。
一方、筆者がコンセプトメイキングに関わった多摩美術大学図書館では、多様な資料へのアクセシビリティを確保するために、新たな概念に基づいたしつらいとふるまい(家具什器と利用スタイル)を提案している。基本的なアイデアは、書店や古典的な図書館にあったおける平積み(本の表紙を上にして配架する)であり、立ち読みである。これも、ウェブブラウジングを利用することに慣れているユーザーにとっては、基本的な閲覧スタイルである。
3-3-1 コモンズという空間
ところで、このような多様な資料にアクセスするための閲覧環境を「コモン(ズ)」と名付けた(ラーニングコモン、インフォメーションコモン、メディアコモンなど(*65)スペースとして図書館に設置するようになってきたことは特筆に値する。
「コモンズとは、「共有資源」、「公共の場」を意味する言葉であり、インフォメーション・コモンズは、デジタル時代の情報資源を利用するための共有資源・公共の場として誕生したものである。米国の大学図書館においてインフォメーション・コモンズが生まれたのは、1990年代であった。ウェブブラウザの先駆け的存在であるMosaicが公開され、欧州原子力研究所(CERN)によりWWWが無料開放された直後の図書館界には、図書館自体が存続していけるのかという問題意識があった。そして、入館者数と貸出数が減少し続けるという現象が、さらに危機感を高めていたのである。この問題意識と危機的状況に対する大学図書館側の解決策として、インフォメーション・アーケード(1992年、アイオワ大学)やインフォメーション・コモンズ(1994年、南カリフォルニア大学)などの施設モデルが提示された」(*66)
米国では、特に大学図書館においてコモンと名付けられるのは、設備や空間を表すだけではなく、「学習および知的探求センターとして機能することを目標」「インフォメーション・コモンズ:教室を超えた学習スペース」としてプログラムされたものである。
わが国ではとりあえず、空間の確保(無線LANが配備)を目標にしている。米澤誠によれば、わが国では2000年に開館した国際基督教大学のミルドレッド・トップ・オスマー図書館が、インフォメーション・コモンズの先駆例で、「オープンスペースのスタディ・エリアに120台の学習用PC,3つのグループ学習室,マルチメディア教室を備えている。地下の自動化書庫以外には書架はなく,学生に対する学習スペースの提供を主たるサービス機能としている」(前掲論文)と報告している。
図書館の閲覧は、学習のための資料文献のアクセスだけではなく、広く情報の利用を身につけること(情報リテラシー)、そのための教育学習を前提として考えなくてはならないもの、との認識が前提となりつつあるのではないか。かつての図書館における資料文献へのアクセスをサポートする、レファレンスサービスは、このような情報リテラシーの需要に応える必要に迫られている。図書館における閲覧環境の整備とは、このように新しい利用に基づいたハード(設備、家具什器、空間、環境)とソフトから行われる必要がある。
3-4 ケーススタディ
近年開館の、あるいは近年計画中の特に読書/閲覧環境、あるいはその利用法に特色のある図書館(複数館)の調査を行った。対象には必ずしも「ブラウジング」という名称を用いていないが、その概念において共通するものがあると思われる。
調査方法は、図面、資料、データにあたり、あるいは関係者へのヒアリングを行うなどした。
3-4-1 多摩美術大学図書館
基本的データ:
図書所蔵数…13万冊(和書約8万冊、洋書約5万冊)、雑誌…約1,500タイトル(最大収蔵書数…30万冊)
延床面積… 5,639.46m2
所在地…東京都八王子市
開館…2007年7月
設計…伊東豊雄建築設計事務所
図書館の特徴:
アーケードギャラリー…展示、レクチャーなどを開催することができる多目的空間を図書館と併設。図書館閲覧室とは展示架(インフォシェルフ:大型モニタ、新刊書架、ポスター吊りなど)で仕切られている(BDSの外部)。
閲覧室の名称について:
開架書架・閲覧エリア(2階:美術書を中心に配架)…窓際の閲覧席と書架間に分散して置かれた閲覧テーブル。一部の書架上部が欠き取られ、大型本(美術書に多い)のための閲覧カウンタ(立ち席)となっている。
閉架書架キャットウォーク(中3階)…書架配列の脇にカウンタ(立ち席)
新刊雑誌・映像閲覧エリア(1階)…雑誌架(立ち席)、メディアバー(映像閲覧カウンタ/半立ち席) アーケードギャラリー(1階:含シアターエリア、カフェテリア)…展示空間、通り抜け空間、おしゃべり空間として。
閉架書架キャレル(2階)…主に雑誌バックナンバーなどを納めた閉架書架の奥にある。論文執筆などに利用。
ラボラトリー…創作的閲覧ブース…論文など執筆のために利用できる設備で、共同作業(記録・編纂作業、出版・編集、ミーティングを含む)を前提とする。大型テーブル(照度の高い照明付き)、高解像度スキャナー、プレゼンテーション用大型モニタ、ホワイトボード、棚などを備える。
◎ブラウジング環境に対する考察:
さまざまなフォーマットの資料への自由なアクセス、多様な閲覧環境の提供が特徴である。ギャラリーは美術作品(主に図書館アーカイブ以外の作品であるが)の展示、レクチャーや上映会などが行われる。現状は図書館アーカイブとは独立した資料をコンテンツとするが、将来はその連携が模索される。
図書館におけるブラウジング環境は、雑誌架(マグテーブル)、AV視聴デスク(メディアバーやメディアシート)、低い書棚と書き込みのある閲覧箇所などにおいて、自由な閲覧、閲覧スタイルを誘導するようにデザインされている。また、「ラボラトリー」と名付けられた情報デバイスを兼ね備えたキャレル(個人、グループ閲覧スペース)は、図書館が単なる情報収集の場ではなく、情報を加工・生産する場として利用できることを示している。(図―8:多摩美術大学図書館のラボラトリー)
3-4-2 武蔵野美術大学美術資料図書館(新棟増築中)
基本的データ:
図書所蔵数…和・洋書約20万冊、雑誌3,900タイトル
延床面積… 6,445.05m2、(旧棟…3,459m2、増築…2,495m2)
所在地…東京都小平市
設計…藤本壮介建築設計事務所、(旧棟…芦原義信建築設計研究所、増築…武蔵野美術大学造形学部建築学科、保坂陽一郎建築研究所)
開館…2010年新棟開館予定、2011年に旧棟が大学美術館に改修(旧棟…1967年、増築…1977年)
開架図書室…開架書架(美術・デザイン・建築・映像および一般教育系を14類に分類)と閲覧席。
雑誌室、資料室、民俗資料室、展示室(企画展、常設展、彫刻展示室)、作品庫(第一作品庫…ポスター・陶磁器、第二作品庫…美術作品、第三作品庫…家具〈近代椅子〉)などからなり、個別の閲覧に対応するほか、定期的に展覧会開催を行ったり、授業で利用されたりする。
新棟では以下のような機能が付加されるという:展覧会図録オープンスペース…40,000冊の図録を配架、ウェブスペース…中央の階段スペースにインターネット端末を複数台配置、ICタグの導入…蔵書点検の迅速化、ポスター(資料)の管理。
収蔵品:
美術作品(日本画、油絵、版画、彫刻、素描)、プロダクト(椅子、照明器具、ID製品)、伝統工芸、玩具、民俗資料(9万点)(玩具(Naef)…380点、絵本…5,000点)
メディアの貸出し:
A3まで取り込み可能なスキャナー(開架書庫と資料室に各1台設置)のデータを借出すためにCD-R、MOを貸し出す(2008年度上半期の貸出し1位となる)。
貴重図書画像データベース学内公開:
別置・保管、利用制限を設けている貴重資料。13世紀の写本をはじめとして、世紀末関連雑誌や近代デザイン関連資料、江戸初期の絵入写本などの画像データベース化を進め、「絵本」の一部を学内公開。
◎ブラウジング環境に対する考察:
当該館は、美術資料図書館として開館以来、書籍以外の資料を収集アーカイビングしている。また、その資料を一般公開(閲覧)するギャラリーを備え、定期的に展覧会や出版活動を行ってきていることで定評がある。今回の増築にあたって、従来からの美術系資料のコレクション(アーカイビング)に加えて、近代デザイン(プロダクトも含む)の資料をアーカイブする「造形研究センター」を置くこととした。そのために、1)近代デザイン(ポスター20,000点に基づく)、2)映像プロジェクト(7,000点)、3)民俗(70,000点)の資料をコンテンツとする、統合データベースを構築する予定である。このデータベースを公開することの目的は、若手研究者への研究資料の提供であり、国際的なアーカイブ利用を可能とすることである。「新館では、このようなデータベースとともに、従来からの特徴ある書籍資料アーカイブ、たとえば展覧会図録(50,000点)、アーティストブックを、提供することで大学教育に役立てていきたい」(*67)
3-4-3 せんだいメディアテーク
基本的データ:
図書所蔵数…和・洋書約約494,000冊、雑誌323タイトル、新聞41紙
延床面積…21,682.15m2(仙台市民図書館…3,750.00m2)
所在地…宮城県仙台市
設計…伊東豊雄建築設計事務所。
開館…2000年開館、2009年に一部(2,7階の機能変更)改修
閲覧席…128席
配架…児童書フロア…2階、一般書フロア…3階、郷土・参考図書フロア…4階
◎ブラウジング環境に対する考察:
せんだいメディアテークは、公共図書館とさまざまな資料をアーカイブし閲覧できる環境を整えるだけではなく、さまざまな活動を行なう公共施設である。図書館を主体として考えるならば、ギャラリーやスタジオといった施設は、多様な閲覧(創造的な行為も含めて)を可能とする環境を整えた施設であると言える(*68)。このような空間やサービスを、「ブラウジング」の概念の拡張と考えるならば、現代的な図書館の環境と利用の可能性を示している。企画展やワークショップ参加経験を持つ来館者は、スタジオ階の利用が高い。それらの人々は単なる「ビジター」ではなく「ユーザー」として、積極的にメディアテークに関わっているということができる。
3-4-4 シアトル公共図書館中央館
基本的データ:
開館…2004年(旧館の開館…1960年)
所在地…Seattle Public Library, Central Library, 1000 Fourth Ave, Seattle, WA 98104
延床面積…33,721.49m2(旧館…191,374.00m2)
コンピュータ…400台 (旧館…75台)
蔵書数…100万冊(書架は78万冊分を確保、最大145万冊収蔵)
設計者…Office for Metropolitan Architecture, LMN Architects
◎ブラウジング環境に対する考察:
レム・コールハースが主宰するOMAによる設計で世界的な注目を集めた建築だが、ガラス張り結晶体のようなデザインだけではなく、プログラム自体がチャレンジングである。(*69)
設計者による機能分析から、断面ヴォリュームで提案されたプログラムは、HQ(本部)、スパイラル(書架)、ミーティング、スタッフ、パーキングと、その間にあるヴォリューム「閲覧室(Reading Room)、ミキシングチャンバー、リヴィングルーム、子ども室(Kids)といった「4つの不安定な(unstable)空間は、機能的空間(管理、書架、ミーティング、スタッフ、駐車場)の間にある、図書館員が情報発信および受信を行う交易(トレード)フロアであり、ワーク、インタラクション、プレイの組織化による異なるプラットフォームのインタフェイス」(*70)からなる。
これらは快適なソファやデスクが置かれた複数の「Reading Room」、「Living Room」と名付けられた閲覧空間、「Mixing Chanber」というレファレンスのための空間など、いずれも開放的な空間である。
「1920年にはコンピュータサイエンスの棚はなかったが、90年代には爆発的な大きさとなった」。そのような書物は普通地下の書庫にしまい込まれるのだが、[ブックスパイラル]は機能不全に陥ったデューイ十進分類法の救済である。連続的に(連続的なリボン)配架することが可能となった。(中略)スパイラルの6,233の棚は開館時点で78万冊を収納しているが、ひとつの書架も追加する事なしに将来145万冊の収納も可能である。」(*71)
ブックスパイラルのアイデアは、明らかにハイパーリンクを基づくウェブアーカイブの閲覧方法にヒントを得ている。
3-4-5 大英図書館
基本的データ:
所蔵書数…150万冊(毎年3万冊増加)
書架総延長…625km
利用者数(日)…16,000人(閲覧席:1,200席)
スタッフ数…約2,000名
◎ブラウジング環境に対する考察:
大英図書館における閲覧室はいわゆる研究型図書館の方式である。サブジェクト別に分類され、アーカイブ開架書架と一体化した複数の閲覧室(Reading Room)からなる(利用は登録者のみ)。特徴的な閲覧法としては、稀覯本専用の閲覧スタンド(Book Support)がある。(図―9:大英図書館の稀覯本閲覧席に設置されている稀覯本閲覧マニュアル、図―10:大英図書館の稀覯本閲覧席に設置されている稀覯本用のブックスタンド)。
当該館では、一般利用者に向けてアーカイブのさまざまな公開閲覧の方法を提供している。ひとつは展覧会であり、さまざまなレクチャーなどのプログラムである。稀覯本などはギャラリーで常設展(Sir John Ritblat Gallery:稀覯書を常設展示)・企画展によって公開されている。
図書館の空間計画において特筆するべきものは「キングスライブラリー:King's Library」である。同アーカイブは手稿本を含む稀覯書からなるが、図書館ホワイエ部分にガラス張りのタワーに所蔵されていて、だれもがその装幀を眺めることができる。普通ならば図書館のもっとも奥に収蔵されるものが、入口に置かれパブリックな空間を形成しているのである。2008年より、ホワイエ部分は無線LANが整備され、WiFi環境に対応したパソコンを持ち込むことで、ブラウジング環境が公開されることになった。
いわゆる図書館利用のためのリテラシーのためのプログラムが複数開催されるが、「ビジネス/知的財産センター(Business & IP Centre)」が特徴的である。ここでは特許、知的財産についてのレファレンスを引き受ける。その中には起業支援のレファレンスも含まれていて、小さな展示をおこなうギャラリーもある。
また、公開したウェブアーカイブにあたる当該館のホームページでは、ヴァーチャル図書館といえるほどのアーカイブとプログラムを公開している。「ターニング・ページズ/Turning Pages」という稀覯本閲覧プログラムは、当該館がオリジナルのプログラムを開発したもので、見開き単位でデジタル画像化した稀覯本を、リアルな「ページ捲り」のインタラクションによってインターネットでブラウジングできるソフトである。(*72)
3-5 大学図書館のブラウジング環境とリテラシー
大学の基礎教育における情報リテラシーはその重要度を高めている。コンピュータとインターネットの普及によって、ほとんどの学生は、入学前にデジタル情報へのアクセスや利用を経験済みであり、基礎的な能力を身につけている。しかし、学生らは、大学教育やカリキュラムに対応できるような専門的な技術や高度な知識を基礎的リテラシーとしてだれもが身につけている訳ではない。そこで、多くの大学では、図書館が中心となって学生に向けた情報リテラシーのプログラムを準備している(*73)。
「OPAC、文献調査法、データベース利用法、インターネットによる情報検索、資料探索に関する一般的説明といった項目が中心となっている。いわゆる「情報収集」に関する内容が中心で,論文作成法といった「情報発信」に関する内容は少ない。」(*74)
とはいうものの、いわゆるアカデミックな文献や資料を前提にしたアーカイブ利用と活用だけを前提としたリテラシーでは、日々発達展開しつつある最新の情報技術によって構築されつつある、web2.0世代のウェブアーカイブの日常的利用(ブラウジング)に対応できない。
図書館は単なる自学自習の場で、図書資料も形式的に一定程度置いてあるだけの施設であるという誤解は多くの学生の共通認識であるようであるが、これは大学図書館の位置づけという制度的問題ではなく、ブラウジング(アーカイブのアクティブな閲覧)の認識が旧来のままであるために起こっている問題ではないかと思われる。情報技術によって拡大された多様な資料の読書/閲覧様式である「ブラウジング」を再解釈し、それに基づいた図書館利用のための環境整備構築とサービスの拡充が不可欠である。
神戸芸術工科大学では、グラフィック系ソフトを用いた基礎的なコンピュータリテラシーを行っている(*75)。専攻が工学系、芸術系、デザイン系に特化していることから、このようなグラフィック系ソフトがリテラシーとして学生に求められるが、これは情報制作(発信)の側から情報リテラシーへ接近する可能性を持っている、つまり図書館利用者が情報発信の側に立つことができるという、アクティブなモチベーションを持ってアーカイブに接することができるのではないかと思われる。
いわゆる総合大学におけるアカデミックな従来からの書籍、学術を前提とした「情報収集」をメインにした情報リテラシーと比較すると、正反対のベクトルをここに見いだすことができる。web2.0つまり次世代の双方向性を持ったweb環境へのアクセシビリティは、画像や動画編集も含めた多面的なアーカイブ利用、つまりウェブブラウジングのリテラシーが求められているのである。