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第2章…「ブラウジング」の実際

4-1 メタ概念としての現代の「ブラウジング」

図書館の読書/閲覧の環境はさまざまな変化にさらされている。情報技術の進化にともない、図書館のアーカイブは書籍や雑誌だけではなく、DVD、CDなどの媒体に納められたデジタル資料やAV資料を収蔵するようになってきた。近年では、このような実体をもった資料だけではなく、ウェブアーカイブすなわちネットワークされた非実体的なデジタルなアーカイブをも扱うことが前提となりつつあることは、第3章で見て来たとおりである。このような図書館の外における変化に対して、図書館は日常的な業務、レファレンスサービスの範囲内で、なんとか対応して来たと言える。

ところが、もっと大きな変化が図書館の内部、もっと正確に言えば、利用者の資料の利用法において起こっていることが明らかになった。すなわちブラウジング(読書/閲覧)というインタラクションの変化である。近年の利用者が行う図書館における基本的なブラウジングの方法は、ウェブブラウジングによって各自習得されたものである(*76)。図書館という実体的なアーカイブと空間のなかでのブラウジングを、図書館の利用法として前提としない利用者が多くいる、という状況がある。

このような状況を前にして、新しい図書館の読書/閲覧環境を整備する柱としてのブラウジング概念を再考し、新旧の図書館における経験や知見に、新しいブラウジングのインタラクションを確認してきた。

本論の展開にあたって、筆者は「ブラウジング(自由な読書/閲覧)」と表記してきた。「自由な」を「読書/閲覧」の形容詞として定義せずに用いて来たのであるが、この「自由」とは、実は複数のアーカイブを横断して読書/閲覧することを示していることがわかった。現代の「ブラウジング」とは、複数のアーカイブを「羊の草食み」することではないか。つまり、現代の「ブラウジング」とは、ひとつの実体としての図書館における読書/閲覧をいうだけではなく、ウェブアーカイブを含む複数の図書館を初めとするアーカイブ全体をさらに読書/閲覧するという、入れ子の構造をもった概念(メタ概念)といえる。

メタ概念としての「ブラウジング」を設定するならば、ウェブブラウザの中に図書館(のアーカイブ)が吸収されるのと同じように、さらにそのことを逆手にして、図書館におけるブラウジング空間がウェブアーカイブを飲み込むという、連鎖的に入れ子が逆転を繰り返すような構造を設定することができる。現代の図書館におけるブラウジング環境はこのような構造を前提とすることが求められているのである。

4-2 大学図書館における「ブラウジング」環境

図書館を含む複合施設せんだいメディアテークが、利用者の多様な表現や情報リテラシーを引き受ける組織(活動支援室)によるプロジェクト型の企画と運営によって、従来型の公共施設と異なって外部の情報環境やリテラシーの変化に対応してきたことを前に述べた。このような企画と運営はメタ概念としての「ブラウジング」、すなわち実体的な施設だけでなくその外部に生じるさまざまなアーカイブを自由に閲覧すること、に対応したものと解釈できよう。

それでは、大学図書館における新しい「ブラウジング」環境とはどのようなものであろうか。大学図書館は複数のアーカイブを自在に閲覧する「ブラウジング」を可能とすることができるのだろうか?

大学図書館は、もともと学生の学習支援だけではなく、教員を初めとする研究組織のために「資料の収集、整理及び提供を行うほか、情報の処理及び提供のシステムを整備して学術情報の提供に努めるとともに、前項の資料の提供に関し、他の大学の図書館等との協力に努める」と、大学設置基準図書館の項(*77)にある。研究組織との連携、つまり外部のアーカイブ(他の大学の図書館等:傍線筆者)とのネットワークは、すでに設置基準に定められている。それは大学以外のアーカイブ、かならずしもアカデミックな志向と運営を求める「以外の」ネットワークという意味も、すでに含んでいるのだと解釈することができる。その具体的な環境整備については「前項の閲覧室には、学生の学習及び教員の教育研究のために十分な数の座席を備える」としか触れていないが、新しいアーカイブ環境に即したブラウジング環境を整備することが必要である。

本研究で考察して来た自由な読書/閲覧すなわちブラウジング環境を実現するための、具体的な要素と手法を「大学図書館の新しい閲覧環境形成の手法」として以下に列挙して、本論の結論とする。

自由な読書/閲覧(ブラウジング)のための空間のための環境条件:

1)内外アーカイブへのアクセシビリティをもった環境

…図書館内がシームレスに無線LAN環境にあること。
…多様なアーカイブ(多様なメディア)へのアクセスが可能なこと。
…見通しのよい配架。
…自由な閲覧スタイル(立読み)が可能で、多様な(大型本、豪華本、稀覯本、写真や絵画集)フォーマットの本をストレスなく閲覧できること。
…外部アーカイブのブラウジングがどこでも可能なこと(パソコンの持込み、貸出し)
…外部アーカイブへのアクセス(データのアップ、更新など)が可能なこと。

2)アーカイブ(コンテンツ)の生産拠点としての機能と環境

…さまざまなフォーマットの資料を閲覧(加工、編集)可能なワークショップ/ラボ型キャレル(個人、グループ閲覧室)。
…ウェブネットワークに対応したパブリシティ機能とサポート体制。
…版権や特許など、最新の情報リテラシーに対するレファレンス機能。

3)ラーニングコモンズ、カフェなどによるコミュニケーションのための環境

…さまざまな閲覧(カジュアル、多様なアクティヴィティ)に対応した自然光と空間的余裕を持った開放的な環境。
…対人的なコミュニケーションを可能とする(カフェ的空間の併置など)環境。
…既存の(実体的な)アーカイブやコレクションとの連続性、アクセシビリティ(コモンズを開架閲覧室から独立させることは既存アーカイブへのアクセシビリティを疎外する)の確保。


 

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新入生の80パーセントがアーカイブとして、インターネットを利用する。デザイン文献学の受講生40名につぎの質問に対する回答を求めた。「創作のためにアイデアや情報を求めるとしたら、(1)どんなアーカイブを利用しますか?」複数の回答をゆるしているが、実に40人中32名が、インターネットを挙げている。
大学設置基準
(図書等の資料及び図書館)
第三十八条 大学は、学部の種類、規模等に応じ、図書、学術雑誌、視聴覚資料その他の教育研究上必要な資料を、図書館を中心に系統的に備えるものとする。
2 図書館は、前項の資料の収集、整理及び提供を行うほか、情報の処理及び提供のシステムを整備して学術情報の提供に努めるとともに、前項の資料の提供に関し、他の大学の図書館等との協力に努めるものとする。
3 図書館には、その機能を十分に発揮させるために必要な専門的職員その他の専任の職員を置くものとする。
4 図書館には、大学の教育研究を促進できるような適当な規模の閲覧室、レフアレンス・ルーム、整理室、書庫等を備えるものとする。
5 前項の閲覧室には、学生の学習及び教員の教育研究のために十分な数の座席を備えるものとする。