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1-4 白川郷合掌づくり住宅における「古び」の色

「古色」は「自然色」とともに、白川郷の町の色として推奨されている。観光業の発達につれて、「自然色」や「古び」の色で町の景観色彩調和を図る施策や、「荻町から看板をなくす運動」などを通して、荻町ではできるだけ原風景を残す為の努力がなされている。

実際、白川郷の住民たちは文化遺産としての合掌づくり住宅の風景を守るため、できるだけ自然素材そのものを活用しており、金属板の場合は黒、標識や看板に書く文字は白や黒を使うようにしている。これが白川郷住民たちの「古色」と「自然色」への理解であり、シンプルな建築様式とともに受け継がれてきた白川郷の風景である。

ここでは、和田家住宅を事例として、その建築に多く見られる典型的な色を採取し、白川郷合掌づくり住宅における「古び」の美を考察した。測定機器は、コニカミノルタ社CR-400を用いた。

1-4-1 和田家正面外壁に見られる「古び」の色

合掌づくり住宅の大型屋根の下には、広い開口部が設けられ、板壁または土壁、漆喰壁からなる外壁面が見られる。板壁は、新しい時は暖かみのある茶色であるが、古くなるにつれて湿気の多い陰地では黒っぽい茶色となっていき、日当りの良いところでは白っぽい茶色となっていく。

写真3 和田家西側の外壁部分

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写真3 和田家西側の外壁部分

和田家の正面の壁は比較的高く、往時の和田家の繁栄ぶりを伝える。正面の壁には大面積の開口部が設置され、他は概ね漆喰壁となっている。南玄関の扉前の壁は、黄土色の土壁である。本調査では、和田家正面の開口部や外壁に見られる色を採取した。図6は、和田家正面外壁の柱、居間の障子の枠、寝室の窓の枠のそれぞれ数カ所から色彩値を採取し、コンピュータ上に再現した上で、目視でその色みの違いが認められる色のみを25色選定して表示したものである。

図7は、図6に示した色彩のマンセル値の明度値をX軸とし、彩度値をY軸とした色彩分布図である。これらの色の分布からみると、土壁の黄土色は明度と彩度がともに高い色であり、比較的新しい木材の色に近い。しかし、時間が流れるにつれて、土より木材の色に大きな変化がもたらされている。木材そのものの性質、そして湿気や日照などの微妙な条件の違いにより、黒茶色から薄茶色にかけて幅広い多様な色彩が現れている。

客間の外壁は、もともと黄土色の土壁であったものを、3年間の改装の際に白と黒の漆喰壁にしている。軒下に入る上部の壁は墨色の漆喰、その下部は白漆喰に塗装され、下からの湿気を防ぐとともに防虫作用もある。遠くから見ると、壁面上下のコントラストは、明るい太陽に照らされて形成された光と陰を連想させる。これは、最近新たに追加された配色であるものの、それは、白川郷の風景の中で考案された「古色」と「自然色」であり、陰を愛した合掌づくり住宅の人たちの美意識の現れとも言えよう。

図6 和田家の正面外壁に見られる色彩の測定値(マンセル表記)

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図6 和田家の正面外壁に見られる色彩の測定値(マンセル表記)

図7 和田家の正面外壁に見られる色彩値の分布(マンセル表記の明度と彩度空間)

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図7 和田家の正面外壁に見られる色彩値の分布(マンセル表記の明度と彩度空間)


1-4-2 煙に燻された室内風景における「古び」の色

雪の国白川郷の合掌建築において、いろりからでる煙は屋根の草や白木の柱・家具を燻して虫を予防する役割をする。煙に燻された合掌建築の内部は、年月とともに黒ずんでいき、いろりの上の棚や周辺の柱・扉は時代を連想させる沈んだ色へと変化している。

図8は和田家の客間、奥の客間、玄関の間、居間、大広間において採取した色彩の中から、コンピュータ再生により明らかな色味の違いが認められた色41色を選んで表示したものである。その中には、畳・襖・土壁などに見られるような黄系統の色と、柱・貫・扉・棚などの木材に見られるような茶系統の色が主流となっている。特に、いろり付近にある木材は、煙に燻されて赤味のある黒になっている。和田氏の説明によると、合掌づくり住宅の柱や家具などの木材は、最初はみな白木のままであったが、毎日煙に燻されたり水拭きを繰り返す中で、徐々に現在のような艶のある赤や黒へと変化してきたという。写真4は、いろりが設置された大広間の扉の写真である。煙に燻されて全面が黒くなっており、毎日水拭きを重ねた下の部分は漆を塗ったかのような上品な艶を出している。写真5は、いろりの横に設置された衝立であり、これも最初は白木のままであったが、現在は艶のある赤と黒に変化している。

図8 和田家の室内空間に見られる色彩の測定値(マンセル表記)

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図8 和田家の室内空間に見られる色彩の測定値(マンセル表記)

写真4 和田家大広間の扉(前面ショーケースの奥)

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写真4 和田家大広間の扉(前面ショーケースの奥)

写真5 和田家のいろりの横の衝立

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写真5 和田家のいろりの横の衝立


図9は、図8に示された色をマンセル表記の明度・彩度空間にプロットした分布図である。図7の外壁の色彩分布と比較してみると、室内の木材の色は室外の木材の色より明らかに黒ずんでおり、赤みが強い。和田氏によると、これらの色みは、使用された木材そのものの性質、そしていろりに使われた薪の種類にも関係あるそうである。

図9 和田家の室内空間に見られる色彩値の分布(マンセル表記の明度と彩度空間)

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図9 和田家の室内空間に見られる色彩値の分布(マンセル表記の明度と彩度空間)

以上、和田家の室内と西側外壁に見られる色彩を採取・分析した。その結果、時代の流れの中であらゆる自然素材において、自然の厳しさと人間臭さが加味され、灰色や黒に近い控えめなしかし豊かな「古び」の色となっていく様子をうかがうことができた。

    

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